状況、雰囲気、相手との距離──そういったものを考慮し、自分に都合のいいように場面を作り上げること。駆けは進むこと、引きは退くこと。自分を優位に立たせるため、それらを使い分けることを"駆け引き"というのだろう。
ううむ、と真乃は難しい顔で唸った。唐突にそんなことをしたからか、一緒に下校している一つ上の先輩がどうしたのかと問うてくる。
「……むずかしいです」
「ほう。話の意図が全く掴めんのじゃが」
進む、押す。退く、……退く?
前に進む足を止めると、二歩ほど遅れて仁王も立ち止まる。不思議そうにしている顔が後ろを、真乃を見ている。じい、っと見つめ返して観察してみるが、真乃からはその様子が普段と変わったところはないように見えた。……むむ。
次に真乃は一歩、先輩へと近寄る。そのまま両手を前に突き出し、目の前の人に触れ──ようとして、相手はその場に立った状態のまま後ろに体を傾けた。避けられた手のひらが、行き場のない力が真乃の体を前のめりにさせる。そのままぽすん、と体ごと仁王に飛び込んだ形になった。
「何をしとるんじゃ」
「おかしいですね」
「お前さんの様子がか?」
「いいえ、押しても退いても先輩は好きになってくれないんです」
体勢を戻して、真乃は再び仁王を見上げた。その表情を、そしてその奥にある心をこちらの思うままにすることは至難の業だ。
真乃はただ、先輩の気を惹きたいだけだった。……だから。
「仁王先輩は駆け引きのできる人が好きだって」
「……それを物理で訴えて来られたんはさすがに初めてぜよ」
くく、と喉を鳴らして仁王が笑った。面白いことをするの、なんて真乃の頭を撫でながら。褒められたようでいて、軽くいなされただけのようだった。
悔いは残るが今日はここまでにしよう。真乃が再び歩き始めると、それを目で追いながら仁王も隣を歩く。
「先輩に好きになってもらえるように、わたし、"駆け引き"します」
「そうか。……ま、頑張りんしゃい」
明日は何をしよう。そんなことを考えて前だけを見ている真乃は、到底駆け引き上手などではないことは明白だっただろう。だから、耐えきれなくなってにやける口元を手で覆った先輩の様子にも気づけないままでいるのだ。
仁王の好きなタイプが今は違うということを真乃が知ったのは、数日後のことだった。
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