ふう、と息を吐いてパソコンの画面から顔を上げる。気が付けば、周りはアラガミも寝静まったかのような静かな夜だった。凝り固まった体をほぐすように大きく伸びをしながら、キースは机の上に散乱した書類に視線を滑らせる。
クリサンセマムに来てからというものの、こうして自分の技術が前線を支えられることに非常にやりがいを感じていた。ペニーウォートにいた頃も同じようなことはしていたが、誰かの言いなりになってやらされるのと自分でやるのとでは文字通り天と地ほど差がある。だから今の環境は好きだった。自分が、自分の力で、やりたいことが出来ている。まだまだここからであることに変わりはないが、あまりにも大きな一歩だった。
「……とはいえ、調子に乗ってると心配かけるんだよなあ」
連日連夜やろうと思えばできるし、中途半端なところで手を止めるわけにはいかないと続けていたら結果的にそうなっていたことだってある。しかしそれを続けていると心配をかけることもわかってはいる。
――寝ないと背が伸びないよ。――そうだな、お前が倒れたら困るが、それ以上に気が気じゃないよ。
なんて言っていた家族たちの声を思い浮かべる。苦い笑顔は心配の色を隠すことなく、甘やかすように頭をなでる手のひらはとてもやさしく。
兄や姉に心労をかけるわけにはいかないので、そこそこに切り上げないとなあ。……とは、思うのだが。
「やっぱりもうちょっと……ひと段落するまで……」
「――まだやるの?」
「う、わっ!?」
背後からの、声。思わぬ奇襲にキースは目を見開いて慌てて振り返る。いつのまに、いつからそこに! 慌ただしく頭を駆け巡る言葉たちは声にならず、ただ口をはくはくとさせるだけだった。そんなキースの様子を見て、少女はおかしそうにくすりと笑んだ。
「も、もう。びっくりさせないでよね、テティス」
「あなたがあまりにも集中していたから。独り言なんて呟いて、ね」
「聞いてんじゃん……いつからいたのさ」
少し前よ、なんて言ってテティスは医療用のテープをかざしてみせた。ここは医務室だ、取りに来たのだろうと想像に易しい。
「あなた、この前ミネットさんとユウゴさんに怒られてなかった? 休め、って」
「あー……テティスも知ってる感じ?」
「知ってるもなにも。心配性なあなたの家族、周囲の人に、無理してたら声かけてやってと言って回ってるわよ」
「えっ何それ……初めて聞いたんですけど。っていうかそんなことしてるの!?」
「……愛されてる証拠じゃない」
そう言われてしまえば反論の弁はない。思われてることは実感があるのだ。さすがにそこまで鈍感じゃないし、嬉しくもあるのだからしょうがない。言い返すことが出来ず、キースは罰悪そうにうー、と唸った。
テティスがまた、おかしそうに喉を鳴らす。
「ま、言って回ってるってのは嘘だけど」
「嘘なんじゃん!」
「でも想像できたでしょ?」
「それは……」
散々心配かけてるのだ。自分たちを助けるためだとわかっていて強く言うことはないが、気持ちはわかっている。潮時なのだろう、いい加減休めということだ。
「わかったよ……休む、休みますってば」
「そうね、賢明な判断だわ」
「でもほんとにキリがいいとこまで! そこだけはやるから!」
そこだけは譲れない、と意気込んでキースは椅子をくるりと回して再び画面に向いた。それじゃ、おやすみ! なんて背中越しに挨拶を投げて。
細やかな文字に目を滑らせ、キーボードを叩く。……。が、背後の気配が消えない。思うように集中できず、キースは別れの挨拶をしたはずの相手に再び向き直った。
「……寝ないの? それとも、ほんとに俺が休むかどうか疑ってる?」
「まさか。あなたのことは信頼してるもの」
投げかけた言葉以上の返答に思わずたじろぐ。なんだその直球ストレートな返し。否定形じゃなく、肯定も肯定。全肯定。出会って長いわけじゃないが、そう言われることに悪い気はしなかった。
……いやしかし。では、なぜ。
「……そうね、私がここにいてはあなたの気が散るものね」
「いやいや、まあ、別にいいっちゃいいんだけど。テティスなら邪魔しないだろうし」
「そう?」
「うん。でもいてもつまんなくない? 俺、集中すると話し相手にもなんないよ」
念入りに断りを入れてみたが、彼女が去る様子はなく。不思議に思いながらもキースは作業に意識を戻した。
……終わるまで本当に寝ないつもりなんだろうか。そう思うと、作業の手はいつもより少し早まったような気がした。
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