いたっ。針を落としたかのような小さな声を拾い、ニールは読んでいた資料から意識を浮上させる。声の主を見ると、その人は指先をじいと見つめているようだった。何をしているのだろう。つられて彼女が見ているその場所に注目すると、そこからぷくりと赤い玉が滲んでいく。──今しがた配られた、紙の資料で切ったのだろうか。
部屋の中は人の話し声が飛び交い、声を聞いた者は他にいないようだった。ニールも、彼女がいたのが真横でなければ気づかなかったろう。
「……」
見られていることに気づいていないのか、ミネットが徐に手のひらをぐっと握った。親指の腹で傷口を閉じるように押さえつけている風に見受けられる。そうして握り締めたままの手を隠すように机の下に潜らせると、何食わぬ顔をしてもう一方の手で資料をめくり始めた。……まさか、それでどうにかしたつもりなのだろうか。驚きや呆れというほどではないけれど、その大雑把加減には思わずため息が出てしまいそうだった。確かに、戦闘で負う傷に比べれば些細なものであるだろうけれど。
肩を竦めるような気持ちでニールは自らの持ち物の中から簡素な手当て道具を探り出す。それから周囲を一瞥。皆話し込んでいるようで、誰もこちらを見ている者はない。
……とん、とん。ニールは顔を上げたまま、固く閉じられた手の甲を小指の先でつつく。視界の端でミネットがびくりと肩を震わせているのがわかって、少しだけおかしくなった。
「…………なに」
「使え。今はそれしかないが」
吐息のような囁きに、同じように押し殺した声で答える。ミネットは訝しげにしながらも、机の下を見るやいなや、動きを止めた。そうしてから、ゆっくりともとに戻るように前を向く。だからニールも隣を見なかった。見ないまま、傷口を塞ぐためのテープを差し出す。
「……。ねえ」
とん、と肘に軽い衝撃。小突かれたのだと気づいて思わずニールがそちらを見ると、赤に汚れた手のひらが上を向いていた。
手、塞がってるから。言葉はないがそう言われたような気がした。いいや、甘え下手なミネットのことだ。声を出す場面であったとしても、きっとそうとは言わないだろう。そんな想像をして仕兼ねない、と思うニールは、彼女に気づかれないように口の端を上げて無音で笑った。ミネットという少女のこの、わかりにくいようでわかりやすいところは、ニールにとって面白く好ましいものだった。
「ほら」
机の下に隠れたまま、テープを張り付けてやる。ついでに、血で汚れた手のひらを指で拭い落として。
視線だけは向けて触れたから見当違いな場所に貼ったりはしていないだろうし、あくまでも応急処置の域を出ないが、出来がいいかと問われれば微妙なところだろう。けれども隣にいる本人はえらく満足げにしているようだった。
普段よりいくらか楽しそうにしながら、普段通りに周囲の会話に溶け込んでいく。
会話をする中で、何気なくミネットはニールの手を小指で突いて遊んだ。おかしそうにくすくすと笑って。気に入りでもしたのだろうか。……或いは、先ほどのやり取りを面白がっているのかもしれないけれど。
「……こらお前ら、遊んでないでちゃんと話聞けよ?」
「聞いてるからだいじょーぶだよ」
「ああ。それに、遊んでるのはこいつだけだ」
「あー! ずるいんだ! 違うよユウゴ、あのね……」
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