人と人との争いは、意思によるものだと思った。幼い頃に見ていた景色は、意志による対立、それによって虐げられる弱者、そればかりだった。だからこそ小さな少女はそれを心の奥底に置いたのだ。
そこにいる誰もが覗けない場所に隠して、いつか、救い上げられる日を夢見て。
時折ふとそんな過去を思い出す。大抵は戦闘の前後、安心のできる場所で。
例えば、そう。ロビーのコンテナに凭れ掛かり心を許した相手と言葉を交わしている時、とか。
「あのさ……君は戦いの終わりって考えたことある?」
「終わり?」
唐突な問いかけに、少年が不思議そうに目を開いた。
そう、終わり。これ以上の戦いが起こらないこと。続けて言葉を紡ぐと、それは想像以上に現実離れした響きだった。我ながら取り留めのない話題だ、とミネットは思う。こんな風に、時を持て余した際にする会話は、普段からあまり意味なんてないけれど。
「わたしはあるよ、時々考える。誰も神機を振るわなくていい世界のこと」
「ないと言えば嘘になるが……考えた、というよりは希望的観測に近いだろうな。このご時世、それはそう易々と辿り着けるような境地にはないものだろう」
「……まあ、そうだよね。だからみんな戦ってるわけだし」
「ああ。だがそういう感情を持つこと自体は、俺はいいと思う。そうでなければ戦えないだろう。俺たちは何も、争いたいから戦っているわけじゃない、戦いたいから戦っているんだ」
まだ幼さの残る少年の言葉には、重みがあった。確かな実感と、強い意志。ニールの信条、とも言えるだろうか。守るための攻撃、それによる適性存在との対立。それはミネットにも深く通ずるものがある。少女は今も、争いごとが嫌いだった。例え鬼神と呼ばれるほどになっても。
「ねえ、戦いってさ……そういう意思と理由があって成り立つものでしょ? でも、でもさ。例えばみんながみんな“戦いたくない”って思ったら、そうしたら、戦いはいらなくなるんじゃないのかなあ……」
エルヴァスティの奇跡を想起する。誰もが生きたいと望んでいるなら、なぜそれが叶わないのだろう。
「……お前は甘いな」
「う、わたしも絵空事ってことはわかってるよ」
「ああ。だが俺もそういうのは嫌いじゃない。……俺たちが戦っている相手は、本来意思のないものだ。喰らい尽くすという本能的な信号を発しそれを実行するだけの存在だ。例外はあっても、それは決して全てじゃない」
「意志同士の対立ではないから、戦いはなくならない……ってこと?」
「俺はそう思っていたが。少なくとも、例外──お前とフィムに出会うまでは」
「そっかぁ……」
それは、生きたければ否が応でも戦わなければならないということを意味する。残念ながらこの世界は、そうでなければ淘汰されるだけに成り果ててしまうのだ。
「わかってはいるけど……」
「けど?」
「やっぱり理不尽だよね」
ミネットはそう言って笑う。それしか、しようがなかった。そんな心境を察してかニールもそうだな、と同意して眉尻を僅かに下げる。
戦うことに対する恐怖はミネットの中に未だある。それはきっと最後までなくしてはならないものだから。そしてそれを実感することこそが、ミネットの戦う力だった。なくしたくないと思うこと、守りたいと思うこと。総じて、生きたいと思うこと。
「大切なものが増えると、それだけ、戦いをやめられなくなっちゃうね」
「……ああ」
「自覚はあるんだ。人よりちょっとだけ、この世界に生きていられる力があるって。だから、わたしが戦いをやめる時は、きっと最後まで来ないって。……それが、わたしの生き方なんだって」
呟くと、ニールが眉を顰める。言葉の中に小さな何かを感じ取ったのだろうか。
「……お前は、本当は戦いたくないのか?」
「戦うよ。……わたしは戦う。守りたいものがあるから」
強く言いきれば、それ以上の追及はなかった。
守りたい。そう言えば、君が何も言えなくなることをわたしは知っている。……とはいえ少し狡い言い方をしてしまった、と僅かな罪悪感を後ろ手に隠した。
きっと、守りたい気持ちはお互い様なのだ。ミネットがニールを守りたいと思うのなら、ニールもきっとそうだった。根の部分に共通した鏡のような何かが、二人をそうさせている。
(出来るならば戦いたくない、でもそれよりももっとずっと、みんなに傷ついてほしくないんだよ)
そんな感情でミネットは徐に、自分を家族と呼んでくれた少年に手を伸ばす。手の甲で頬に触れると控えめに撫でるように揺らし、それからすぐに下す。時間にしてほんの数秒、それはほんの少しの特別。一連の動作を、ニールは一切咎めることなく受け入れていた。そんな素直であどけない許容にひどく安堵する。
ミネットは自身の弱さを知っている。それも含めて自分なのだと認められるようになった。だからその弱さが不意に疼くと、安心を求めてしまう。触れる、ということはそういうことだった。
「そばにいてね。わたしは、人の手で守れるものしか守れないから」
願うように、祈るように伝えるとその人は数度瞬きをする時間を置いて、頷いた。「お前もな」と呟いて。
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