人と会話をする時、普通は相手に目を合わせて言葉を発するものだろうと思う。全人類例外なくそうとは言い切れないが、少なくともここにいる相手は――そうしてそれに対する自分は通常そうしているものだと認識している。
「……あの、う」
力なく声を震わせて、その人は視線を背けた。互いに同じ場にいることを認識していて、声をかければ言葉を返す。そういうやり取りをしているのだが、なぜだか全くこちらを見ようとしない。それがどうしようもなく違和感で、疑問で、ニールはつい目で追いかけてしまう。すると再び相手は逃げて行って、そういうことを無意味に何度か繰り返していた。
「なんで、こっち見るの……」
「お前はなんでこっちを見ないんだ」
「そ、それは、だって……さ」
小さく身を縮めるようにして、ミネットは言い淀む。言葉にならない声を喉の奥で捏ね回して。
我ながら子供じみた感情だと思うが、理由もわからないまま避けられていてはどうにも苛立たしい気持ちになった。どう対処すればよいのかを測りかねて、短絡的に結論を急いてしまいそうになる。それは、決して良案と言えないことは明らかだ。
そもそもの話。現状をはいそうですかと受け入れられないから、そういう思考に辿り着いてしまうのだ。理由はわからずともわかるようになるまで待てばいい。そのはずなのに、そう出来ないことが余計にニールを戸惑わせた。一刻も早くどうにかしたいとさえ感じていたのだ。
そうやってこの人への感情から生ずるものは、そのどれもが、ニールにとって馴染みのないものだらけだった。
「……あの。なんか、ね。意識するとほんとにだめで……」
たっぷり時間をかけて言葉は発される。弱々しく絞り出されたそれと同時に恐る恐るこちらを向いた視線と、ようやく目が合った。ほんの一瞬そうして、けれどもやはり数秒もしない内にミネットは顔を下に向けてしまう。
「ふ、普段は平気なんだよ? でも、なんと言えばいいか……」
再びミネットの赤い瞳がニールを映す。今度は目をそらさないように、半ば睨むような強さで。何をしているのだろう、とニールもそれを眺めているものだから、自然と見つめ合う形になる。数秒しっかりとそうしてから、ミネットはぷはあと大きく息を吸った。呼吸を止めるほど力んでいたらしい。
「……そうまですることか?」
茶化すつもりはないが、大袈裟な挙動への率直な感想はそれだった。
「うう……なんか、こうでもしないとわけもわからないままに何かが爆発しそうで……」
「爆発」
「実際にはしないんだけどね!? なんかこう、何か壁か床かを殴りつけてしまいたいよくわかんない衝動があってね! …………しないんだけどね!!」
「わかってる。……だが、それは」
自分にも自分が理解できず、ままならないこと。それには強く覚えがあって、だからニールはなるほどと思った。例えばそれは、そう、焦れる気持ちに苛ついたりして――真新しい感情に振り回されてしまうような。
「……目を合わせることに慣れていないだけ、とか」
他人にもそういうことをするのであれば話は別だが、相手が自分だというのなら。それはそういうことなのではないだろうか、と推測した。希望的観測といえばその通りだが、ニールにはこの人をよく見ているという自覚がある。超能力もなければ、経験も然程ないためなんでもわかるとは言い難いが、起こっていることの対象者くらいは間違えない……はず。
「はぇ……」
素っ頓狂に声を上げて、ミネットはニールを見た。それから、言われたことを繰り返して声に出し確認作業をすると――理解したように、急激に頬を赤く染める。
「まさかこれは……照れだというの……!?」
「……これは、というかお前のそれは寧ろそうとしか」
「誰がひねくれてるって!?」
そこまでは言ってないが、そう思ったことがないと言えば嘘になってしまうので返事はできなかった。けれど無言を肯定と捉えたのか、ミネットは行き場のない感情を吐き捨てるようにうー! と唸る。
「でも、急に君のこと見ていられなくなって、それがなんでかよくわかんなくて……なんとかしなきゃって思って……」
ごめんね、と困ったような笑顔で言われて、ニールの内にあった焦げ付くような気持ちがすっかり跡形もなく消え去っていることに気が付いた。原因が取り除かれたのだから当然かもしれないけれど。
そんな風に、ただ一人の一挙一動に心を大きく振り乱されることにはやはり、慣れないものだと思った。
「確かに今までこんなことなかったし、不慣れなんだろうけど……うーん。これに慣れることあるのかな」
「意識的に繰り返すか?」
「そんな、神機の扱いの訓練じゃあるまいし……いや、試行回数を重ねて経験を積めば対応にも慣れてくる、かな。少なくともさっきみたいな気の動転はなくなるはずだし」
「…………、なあ。冗談だったんだが」
「えっ」
「定期的に見つめ合うってことだぞ。やるのか?」
「……!!」
振り回されたことへのちょっとした意趣返しのつもりだったが伝わっていなかったらしい。けれども、強い言葉で「やらないっ!」と背中を向けてくる様子を見ると、どうやら動揺はしてもらえたらしい。そうか、と返事をしてニールは満足げに口を結んだ。
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