あなたは私を知らないかもしれないけれど、私はあなたのことを知っている。
世界中にあふれてる理不尽を正しくおかしいと感じられるこころを持つひと。人の弱さに対してやさしく手を差し伸べてあげられるひと。恵まれた才能に驕らずそれを人のために揮えるひと。
形がなくなってしまったとしても、間違いなくあの日々は私にとっての光だった。今もずっと消えない灯り、私にとっての朱の女王はそういう場所だった。そしてその場所を灯りたらしめるよう照らし続けてくれたひとり。だから、あなたが。
「あなたがこうしてクリサンセマムに来て、そうしてありふれた日常を過ごせていることが、私はとても嬉しいのだわ」
唐突な発言だったことだろう。言葉をかけられた相手は呆気に取られたような表情でこちらを見ている。朱の女王にいた頃はこうして会話をすることなんてほとんどなかったものだから、この人に対して勝手な憧憬で印象を抱いていたけれど。こうしてみると、案外普通の男の子だなと思う。
「……文脈が理解できないんだが」
「私も唐突にそう思ったのよ。でもきっといつも感じていたことだわ。あなたは知らないかもしれないけれど、私は、朱の女王であなたにずっとずっと助けられていたから」
複雑そうな瞳が揺れ動く。その挙動さえも、この人のやさしさのあらわれだ。そういうところが、そういうところなどが、この人の周りに人が集まってくる理由なのだろう。あのときも、今も。
私の中にだって心残りはたくさんあるが、それをこの人の責任と思ったことはなかった。だから私としては、彼がここで得られたものに対して怖気付いてほしくはない。……余計なお世話なのでしょうけれど。
「知らない、か……」
徐に、ささやくような声で呟かれたそれに、耳を傾ける。
「確かに、直接言葉を交わしたことはそれほどなかったな。でも、だからって全く知らないってこともない」
言葉を聞き逃すまいと首を回して向けた視線が、その人のやわらかい表情に掬われる。懐かしむような声色でその人が語ったのは、かつて私もお世話になった人のことだった。――人の世話が好きで、率先して治療とか請け負ってくれた奴、いただろ。あいつがたまに口にしてたよ。自分はうまく戦えないけどこれくらいなら手伝えるから、って頑張ってる子供がいるんだって話。名前も聞いたことがあった。テティス、って、お前の名前だろう。
思いもよらない思い出話に、今度はこちらが呆気に取られる番だった。
「最初は気づいてなかったけど、見てて思い出した。クレアやキースから聞いたが、お前、自分からここの医療の仕事を手伝ってるんだろう」
頑張っているんだな。……その一言が、真っすぐに心の中に落ちてきて、それを大きく震わせた。
私にはこの人のような才能もなければ、周りの人たちみたいに何か得意なことがあるわけじゃない。できないことでいっぱいで、あまりにも力ない。それでもこうして足掻いていることを認めてくれる人がいることが、どんなに報われた気持ちにさせてくれることか。
「…………やっぱりあなた、今でもエースね」
ぼそりと呟いた声は彼には届かなかったのか、首を傾げられた。
この人の周りにはたくさんの人がいた。けれども、その中のほんの些細な存在にも心を配ることのできる、そんな優しさはやっぱり、才能なのだ。
鬼神の如き強さと、仲間を想う優しさを兼ね備えたひと。どうかあなたの行く道の先に、幸多からんことを。……きっと、私以外にも、この世界にはそう願ってやまない人間がいるだろう。
私は他の人よりも少しだけ幸運だった。こうしてあなたの行く先をほんの少しでも見届けられる場所にいられて。そのことが今は誇りで、嬉しい。
「ありがとう。ささやかだけど、これからも頑張るわ」
心に灯った光が、命を燃やし続ける限り。
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