それは拙く。それは幼く。それはどうしようもなく、自身は子供なのだ、と自覚してしまう行為であった。そこに残された熱だけが生温く佇んで、それだけが妙な現実味をもっている。――ああ、こういう時、なんて言えばいいのか。言葉に迷いながらその人へ視線を向ければ、彼女は惚けた表情で唇を震わせていた。はく、はくと。だから思わず、笑ってしまったのだ。おかしいだろう。お互いに隠しようもないくらい赤い、それなのにそれは、二人して青い証拠だ、なんて。
ふとした瞬間、気づいてしまう。例えばそれは長い髪、それは高い声、それは甘い香り。その人の存在を形成する要素のひとつひとつが、自分とは違う区分に属するものであると。
元より相手は特別だった。自分の中において、その人の存在は普通一般とは違う。そういう意味で。だけどそれではなく、そうではなく、特別なのかもしれないと思い至ることが増えたのだ。(……何を今更、)己の情緒を律するように心の中で吐き捨てる。彼女に対して抱いている憧憬を、今更自覚したこんな感情に、塗れさせたくなどなかったのだ。
何の変哲もないリボンだった。お洒落には疎いから使っているものに近いものを選んだ。それなのに、その人はもったいなくて使えないと言う。「使うためのものだから使ってくれ。」簡単に特別だとか言わないでほしい。ただのもの、なのだから。自分がそうだと言われていると、錯覚してしまいそうだから。
所謂、恋愛映画。女優が男の胸に飛び込み、ねぇダーリンなんて甘く囁く。……普通の恋人とは得てしてああなのだろうか?「ああいうのした方がいい?」「別にいい」即答。出来ないだろ、と小さく付け足されて。「わたしだって、苦手だけど、君に甘えてみたいんだけどなあ」「……発想が極端だ、お前は」
崖のふちに立たされているような心地で目を背けた。自分の不器用さを嘲笑して、浅い呼吸で言葉を紡ぐ。「それ以上は何も、言わないで。」喉の奥で感情が渋滞していた。言いたいことはいっぱいあるはずなのに上手く伝えられない。「でないとわたし、きっと泣いちゃうから。」優しい声の続きが怖い。例えば、そう。こんな弱ささえ許してくれる言葉、とか。
「現地が一人のミッションってなんかすごく静かだよね。」「そうか?」一人の方が音が拾いやすいと返せば、それはそうだけど……と彼女は口の中で言葉を捏ねる。「……一人だと寂しい、とか?」「そ、そういうんじゃ……。」その先が発せられることは、ない。言えないのだろうとは想像に容易い。……そのくらいの弱みなら、打ち明けてしまえばいいのに。
もしも好きな生き物で生きていくことが出来るなら、わたし、次は猫がいい。気まぐれにごろごろしたい。でも犬もいいな、大好きな人を玄関でお出迎えしたい。空を飛べる鳥も素敵だよね。「生きて、子供を作って、それで死ぬの。生物としてちゃんと生きたい。それだけ出来れば、まあなんでもいいや。」「……なら、人は?」「人は……。」人間は、ちょっと難しいからなあ。「できるかな?」「諦めなければ。違うのか?」「……ううん、違わないよ。」
「さっき切れちゃったの、リボン。」そう言って、その人は笑った。どっか変かな、なんて続けながら。「リボンひとつないだけだろ。……だが、見慣れないものだな。」「まーいつもつけてたからねえ。」新しいの買わなきゃ、と髪を撫でつける指を目で追いかける。今、この人に対して見慣れないと感じてしまうことが、どうしてだかすごく嫌だと思った。リボンひとつ、なのに、そんなことでこの人を見失いそうになってしまう自分が嫌だったから。「……なに、そんなに見て。」「別に。」例えば髪色が、服装が、何もかもが変わってしまったとしたら、自分はこの人を探し出すことがきっと出来ないのだ。
──それがたまらなく、怖いと思った。
その人は、心の内に触れられることを救いだと言う。それは些細な衝撃だった。「あのね、言葉じゃないとわからないことっていっぱいあると思う。でも……。」本心とか、本音とか。そういったものを明け透けに伝えるには、わたしは少し、大人になりすぎてしまったみたいで。「はずかしいんだよ、今更、どんな言葉を選べばいいの。」誰にも心の中は見せられないと思ってた。だけど君が、暴かれたのだという君がそれを、救いだと言うから。「……わかってよ、ばか。」もしも、なんて考えるようになっちゃったんだよ。
最近、唐突に甘いものが食べたくなることがある。昔から、食事は体が栄養を必要としているからするものだと思っていたけれど、最近になってそれが、もしかしたら違うことなのかもと思うようになったのだ。……ただなんとなく。なんとなくそれが恋しく思ったり。いつか触れた味にもう一度出会いたくなったり。もしかしたら、そんなことを考えているのかもしれなくて。「おなか、すいたなあ……。」意味のない理由が愛おしい。わたしがそう思えるようになったのだとしたら、それはきっと、あの人がいるからなのだろう。
なにさ、なにさ。余裕ぶっちゃって、さ。年下なのに。2つも下なのに。けれど悔しいことに、言葉を操る能力としては圧倒的に向こうが上だった。「……意地悪っ」舌を出すような気持ちで吐き捨てると、それに対して言葉はなく、ただ笑みで返された。それがどことなく満足げに、勝ち誇ったように、見えるものだから──結局のところ、どうしたって悔しい気持ちを増長させるばかりなのだ。
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