*平行線をたどる日々
例えばただ、その辺ですれ違うとき。唇が「あ」なんてわかりやすく形作ってくるものだから、それがおかしくて笑っていると、不思議そうな顔をするのだ。きょとんとした顔で近づいてきて、なあに、なんて問いかけて。
「いいや、大したことじゃあない」
「そ、そう……?」
後ろ手に隠した内容にまるで察しがつかなかったのか、素直に引き下がっていく。
気弱そうな雰囲気に似合わず負けず嫌いな性分のあるミネットことだ。本当のことを言えば次から意識して、こちらに考えを読み取らせないよう図ることだろう。……それはそれで面白そうな日常だが、今はまだこれでよかった。
存外自分は、このやり取りを気に入っているようなのだ。
*慌てて離した手
その光景に違和感を覚える。あれ、と思ってその人を注視すると、すぐに気づいた。いつも目深に被っているフードが、今日は背中に垂れ下がっていたのだ。
「なんか……珍しいね、それ」
「別に、四六時中被ってるわけでもないだろう」
「そうなんだけど……やっぱり、そうしてることの方が多いから」
まじまじと見ていると視線が気になったのか、次第にちらちらとこちらを伺うようになっていく。なんなんだなんて目の、その無言の訴えを意地悪くにやりと往なしてやると、ニールはむっとした顔でフードを掴みそれをあっという間に被って見せた。
「……うん、いつものニールだ」
からかうように言ってフードの上から頭を撫でる。まるでフィムを相手にするかのような扱いに、少年は顔を背けたまま、子供じゃあるまいし、と小さく呟く。
しかし、まあ。ここにきて随分仲良くなったものだ。ぼんやり実感する。前は触らせてなんてくれなかったし、しようとも思わなかったものだ。つまりは、気を許しているだけ、許されているのだ。この少年にとって自分はそういう存在なのだと自覚して、ミネットは嬉しくなった。だからつい、振り払われないのをいいことに、ぺたぺたと触れてしまって。
「お前、兄貴やキースにもこういうことするのか?」
「え? うーん……意識してってことはあんまりないと思うけど……するときはするよ?」
素直に答えると、ニールはふうん、と喉を鳴らして黙り込んだ。質問の意図が汲めなくてなんで、と問うと返ってきたのは深いため息だった。
「あの二人は、まあ、構わないが。……俺に対しては、やらない方がいい」
「あ、もしかして嫌だった?」
「ちがう」
予想外にもきっぱりと否定されて思わずたじろいだ。その隙にと言わんばかりの絶妙なタイミングでニールがミネットに向き直る。口をきゅっと結んで、少しだけ悩んだような素振り。それから意を決したように口を開くと、真正面からこう告げた。
「俺には他意があるって言ってるんだ。嫌な気がしないから、やめてくれ」
言葉の矛盾に一瞬理解が遅れる。けれども。呆けていたミネットが漸くその意味を飲み込んだとき、その手は自然と引っ込んでいた。
*一歩を踏み出す勇気
「ミネット」
時間を持て余してしまい、ああ今日のごはんなんだろうな、なんて思案の海を漂っていると、不意に背後から声がかかった。ぼんやりしていたものだから、意識の急浮上にびっくりして肩を震わせると、声の主も驚いたような表情でこちらを見ていた。すまない、そんなに驚くとは思わなかった。反応を返すより先に謝られてしまって、いや……なんてそっけない返事が口をついて出てしまった。目の前の人の表情がわずかに曇る。
「……取り込み中か? 大した用件じゃないから、忙しいようならいいんだが」
「ううん、ちょっと考え事してただけだから、大丈夫」
そうか、と安堵したような表情がミネットの胸を小さくつついた。きゅう、と収縮するような痛みを悟られないように隠して、なあにと訊ねる。
ニールは少しの間を置いて、視線を落ち着きなく彷徨わせたかと思うと、小さく念押しするように大したことじゃない、と繰り返して言う。
「見かけたから、話でも、と」
思って。ぽたぽたと雫がしたたるような声量で言葉が落ちていく。呆気にとられて瞬きをすると、沈黙が居た堪れなくなったらしく、声にならない唸りをあげてニールがくるりと背を向けた。あっ、行ってしまう。そう思ったが先か、ミネットは衝動的に踏み出した一歩でニールの手を取った。
「し、しよう! 話! ね!」
「…………」
むすっとした恨めしそうな顔がこちらを睨むように見ている。心の中で小さくごめんね、と謝りながらも、やはり抑えが効かずに、こんな様子を見るとどうしたって微笑ましく思ってしまう。
「……ね?」
返事の代わりに、先ほど掴んだまま振り払われなかった手に力がこもった。――ああ。もう。かわいいことをしてくれるものだ。
*title by 確かに恋だった
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