唐突に、蛍丸が言う。「手、思ったより小さいね。」正座で読み物をしていた琴音は、声に反応しておもむろに顔を上げた。
正面に座ってほら、と自らの手をこちらに向け突き出した彼に、そうでしょうかと不思議そうにしながら琴音も手を差し出す。ぴたりと合わせて重ねると、ほんのりと温かい。
蛍丸は背丈こそ小さいけれど、手のひらは琴音のそれとそう変わらないようだ。
よく見たことはなかったのだけれど、思っていたよりも随分、しっかりとした手をしている。
「そういえば。いつもあなたの活躍は聞いていますよ。蛍丸の手は、とても頼もしいです」
「えっ、ほんと? ほんとにそう思う?」
「はい」
「へへ……やった」
顔を綻ばせて笑う蛍丸を見ていると、自然と琴音の表情も緩んでしまう。無邪気というか、あどけなさの残るかわいらしい、見ている方がほっこりとしてしまうような。
ふふ、と、琴音が油断しきったその瞬間だった。蛍丸が何かを考える素振りをしてみせる。けれどそれも一瞬のこと。ぱちりと一度瞬いたかと思えば、今度はいたずらを思いついた子供のようににやりと口の端を吊り上げた。
何、と思うよりも先に彼の手が動く。
「ぎゅー」
「……、え」
合わせた手のひらを少しだけずらして、指と指を絡ませるように握る。ぎゅー。突然の出来事に間抜けにもぽかんとして、琴音は蛍丸を見つめた。蛍丸は、心底楽しげな様子で、手に力を込めては抜いてを繰り返していた。
行為が楽しいというよりはきっと、呆気に取られてきょとんとした琴音の反応が面白いのだろう。そのことに気づくと琴音は、わあ、と湧き上がる熱に顔をほんのりと赤らめていく。
「ほ、蛍丸。その、少し恥ずかしいです……!」
「気にしない気にしない。それともいや?」
「そんなことは……ありませんけれど」
恥ずかしい、とか照れる、とか、そういうことは思わないのかしら。ちらりと蛍丸の様子を伺うも、表情は普段と大差ないように見える。ううん、意識しすぎなのだろうか。
落ち着かない気持ちでそわそわしているとふと、彼のぴょこんと跳ねた髪、その向こうに目が留まる。
(すこし、赤い……)
帽子で隠れてるけど、なんとなく、なんとなくだけど。
「蛍丸、もしかして、緊張しているのですか?」
「……」
無言。ああ、僅かに俯かれてしまって、表情もよく見えない。どうしよう、もしかして指摘してはいけなかったのかしら。おろおろしながらも蛍丸の様子を探ろうと、琴音は少し身をかがめて顔を覗き込む。そうしようと、する。
蛍丸。そう言おうと開いた唇から、声が発せられることはなかった。
不意に、繋いだ手を強く引かれてあっという間に体勢を崩した琴音の体は、勢いのままに傾いてく。
倒れる! 思わず、ぎゅうっと目を閉じた。ぐらり、ふわり。けれどいつになっても床に衝突することはなかった。よく考えたら引かれた方向は蛍丸のいる、正面だ。倒れこんでも床には到達しない。
でも、それってつまり。
「ほたるまる、」
体に触れる温かい温度を感じながら、閉じた瞼をそろりと開ける。今度こそ彼の名を口にしながら。
すると案の定、琴音は蛍丸に抱きついているような体勢で。そしてその視界に捉えたのは、床にころんと転がる蛍丸の帽子。きっと今の勢いでおっこちたのだろう。
もしかしなくても、あの、とってもちかいのでは。状況を飲み込んだ瞬間、わわと忙しなく跳ね上がった心臓。体を起こそうと空いている方の手を突くも、彼から離れることはかなわなかった。蛍丸の腕が、そっと琴音を引き止める。繋いだままの手にも、力を込めながら。
それは、さっきみたいなやわらかく握るようなそれと、違って。
「気にしない……」
「蛍丸」
「……やっぱり気にする。うー」
まるで擦り寄るようにして頭を琴音の肩に押し付けながら、蛍丸は小さく唸り声を上げる。
「ねえ、どきどき、する?」
「え?」
「こうしてると、どきどきする?」
耳元で囁かれるような声に、余計に緊張してしまう。なんて言えないけれど、琴音は搾り出したような小さな声ではい、と答えた。
「うん……それならいいや。俺もすっごくどきどきしてるから、いいや」
肩のところで蛍丸が笑ったのがわかる。おそろいだ、と言いながら。
一緒。ただそれだけのことなのに、それが、なんだか嬉しいと思う。意識しているのは、お互いさま、おそろい、なんて。
ああ言葉って不思議だ。たとえ、そうであると状況で語られても、心の中でちょっとだけ不安に思ってしまうのに。一つ、ただ言葉一つだけで、そんなもの、全部吹き飛んでしまう。信じて、舞い上がってしまう。
なんて、ちょっと単純すぎるだろうか。くすくすと笑いながら、琴音はそっと、蛍丸の方へと頬を寄せた。
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