堀川国広は真面目である。
洗濯掃除頼めばやってくれるし、そもそも頼まれていないことだって気がついたことは自主的にやる。行動力があり、意思も強いように見える。相棒と慕う彼に認めてもらおうと日々努力も怠らない。
のはずなのだけど。
「……お、怒ってますよね」
「いいえ、怒ってはいませんよ」
「目が、笑っていませんよ」
「気のせいですよー」
「う、うう」
どう見ても笑っていないように見える笑顔で、堀川は琴音との距離をじりじりと詰めていた。それに合わせて琴音もじりじりと後退する。じり、じり。繰り返し、その合間で言葉を交わしている、そんな状況だ。
そもそも、事の発端は料理だった。畑当番をしていた蛍丸が食べごろと差し出してくれた野菜、それをちょっと調理してみようと思い立って、包丁を握った。握って、それで。
「そういうことをするときには僕か、もしくは出来そうな誰かを呼ぶようにしてください。何のために、僕らがいると思ってるんですか」
「少なくとも調理のためではなかったはずなのだけど……」
「……それもそうでした」
「だから、ここはわたしがこう、おいしい料理を……」
「結局出来たのは指の傷じゃないですか」
淡々と答えながら、堀川はがしりと琴音の手首を掴むと、もう片方の手に持っていた救急箱を使い、手際よく傷の手当をしてくれる。どこで覚えたのかはわからないが器用なもので、あっという間に傷のあった場所は消毒され、今はもう包帯の下だ。
「ねえ、包帯は少し大袈裟ではないかしら」
「でしたら、そんなもの巻かずに済むようにしてくださいね」
終わりましたよ、とようやく手が解放された。ありがとう、と告げながら内心は情けなさでいっぱいだった。さすがにいつまでもこのまま料理が出来なかったら、それはだめだ。もし堀川が、料理が出来る人がいなかったら、とても困ったことになってしまう。みんなに出す食事、の前に自分の食べるものでさえ作れないなんて女としてどうなのだろう。だめだ。何が、というかなんだかだめだ。
今度から夕飯の準備の手伝いにも積極的に参加しよう、ついでに堀川に色々教えてもらおう。そう決意するも、一つ、琴音には気になることがあった。
「堀川は、兼定やみんなへの態度とわたしへの態度が違いすぎます。ちょっと意地悪なときがあります。どうしてですか」
「そうですか? うーん、特にそうと意識したことはありませんけど……」
いつもやさしいし、とっても真面目なんだけど、時折、本当に時々なんだけど有無を言わせぬ迫力で逃げ道を塞ぐ。今日の、この傷のこともそう。心配、してくれたのはわかるのだけど、もしかしたら不甲斐ない主に嫌気が差しての態度なのかもしれない。
そうだとすれば、図々しくお願いするのも、なんだか悪いことをしてしまうことになる。
ううん、と首を傾け考える堀川をどきどきと落ち着かない気持ちで見つめながら答えを待つ。
「そう……ですね……」
ぱちん。目が合い、咄嗟の瞬きの後ふっと目をそらしてしまった。慌てて不自然な前髪を直す仕草でそれを誤魔化していると、やはり完全にばれてしまっているようで、堀川がくすりと笑ったのが聞こえた。今のは自分でも失敗した、と思っている。ちょっぴり恥ずかしくなった琴音はまた、不自然なタイミングで咳払いをする。誤魔化すだけ土壷にはまるというのに。そのことを自覚してなおそれであるため、どうしようもなく救いようがないものだ。余計に恥ずかしさが増して、頬がぽっぽと火照っていく。
「ああ、わかりました。きっとほっとけないからじゃないでしょうか。何かあるたび、今度は何をやらかしてるんだろうなあって思ってしまって」
「……も、問題児扱いですか。わたしには兼定にしているように無邪気に懐いてくれたりはしないのですか……!」
「主さん、懐いてほしいんですか……」
兼さんは特別です、と得意げに言う堀川はちょっと輝いて見えて、それが少しうらやましいのだと思う。……とは秘密だけれど。
しょんぼりと肩を落とす琴音を見て堀川はやれやれと息を吐いた。その手のひらをぽん、と琴音の頭の上に置きながら。
「兼さんも主さんも世話の焼き甲斐があることに変わりはないのですが、やっぱりどうも……。ああ、でも主さんは見ていると楽しいんですよ、僕」
「楽しい、ですか?」
「ええ、とても。だからつい、はしゃいでしまうのかもしれませんね」
そっと頭を撫でられて、琴音はへにゃりと気を緩めた。
その様子を見た堀川が鳴狐のお供を思い出して笑いを堪えていることになど微塵も、気づかないまま。
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