「と、いうわけで!」
爛々と目を輝かせたキトリーが、ずずいっと体を乗り出すように迫る。ガラス瓶に閉じ込めた苺のジャムのような瞳を見下ろして、ギルバートはぱちりと一度瞬きをした。少女の様子はにこにこと音が聞こえてきそうなほどに上機嫌。なんだ、と思案している内に彼女はその手に提げていた紙袋から綺麗にラッピングされた箱を取り出す。得意げににんまりと笑んで、それからギルバートへと差し出すようにして掲げて見せた。……なるほど、と思う。部屋に備え付けの時計をちらりと見遣れば、針がてっぺんを回ったところ。つまり日付が変わったのだ。
キトリーの言葉はいつも突飛で、彼女の頭の中で話が展開されることもしばしばあるため、言葉のみを聞くと前後がちぐはぐ、脈絡が行方不明なんて多々ある。先ほどの「というわけで」もそれだ。それ以前の言葉がなかったためにまたいつものか、なんて流して様子をうかがっていたものだが……なるほど、これは。
「お待ちかね、プレゼント交換です!」
「はいはい。……ちょっと待ってろ」
5月15日なのだ。今日は。
それはギルバートの誕生日であり、キトリーの誕生日でもあった。5年の差はあるが同じ日に生まれたと知ったときは多少驚いたものだが、今となっては二人にとって毎年の恒例行事みたいなもので。こうしてお互いにプレゼントをこしらえて、それで交換する。それだけのことだが、それは特別なことであった。なにせ身近に同じ誕生日の人は他にいない。いたとて、これと全く同じことをするかというと、それも違う気がする。……キトリーはそういうこと、考えたことはなさそうだが。そんなことを考えながら、自室の戸棚にしまっておいたプレゼントを取り出して、ギルバートはそれをキトリーに差し出す。
「ほら。……誕生日おめでとう」
「ありがとうございますー! ギルも、おめでとうございます!」
満面の笑みにつられて笑うと、キトリーが一瞬動きを止める。そこまで反応するほど珍しい表情でもなかろうに。いつまでもわかりやすく初心な挙動をする少女を内心で面白がりながら、ギルバートは受け取った箱へ視線を移した。
「あ……中身、気になりますか!」
先ほどまでの動揺を全く引きずることなく、キトリーがわっと声を上げる。切り替えが早いというか、目の前のことに一途というか。彼女らしいその変わり身の早さにももう随分慣れてしまったものだ。
ふふ、なんて喉を鳴らしながら自信満々に胸を張る様子を一瞥して、ギルバートは短く問いかけた。開けていいか。――すると、待ってましたと言わんばかりに、半ば食い気味に、どうぞどうぞ! と張りのある声。全く、今年は何を企んでいるのやら。折角なのだからと期待を込めて、ギルバートは華やかに整えられたリボンに指をかけた。
「……これ、紙の手帳か?」
「はい! 色々あったんですけど、ちゃんと、5月から始まるやつえらびましたよ! ……ちょっと過ぎちゃってますけど」
物珍し気に手帳の最初を捲るギルバートのその手元を、キトリーは軽やかな動きでのぞき込んだ。予定表といえば各自持ち運び用の端末は持っているが、あくまであれは仕事用だ。ギルバートはリッカたち技術者から色々学んでは独自に研究をすることもあるし、私用の予定のみならず、メモ帳としても手書きで書き込めるものが一冊あってもいいんじゃないかと考えた、のだと言う。言われてみれば手帳の中身は、カレンダー部分は簡素だがその分フリースペースが大きく取られているデザインだ。
……そういうところだ。彼女の、ぽやぽやしていて何を考えているのか掴みにくいが、そうやって時折めいっぱい人のことを考えて行動できるところ、そういうところがとても好ましかった。自然と緩む表情をそのままに、感謝の意を伝えると、キトリーは照れ臭そうに笑った。
「いっぱい、色んなこと書いてくださいね! それからわたしの神機のこと、これからもお願いします!」
聞いて、ギルバートは思わず笑った。突然おかしそうにしたものだから、キトリーがきょとんとした顔で首を傾げている。
「……神機だけでいいのか?」
「あ……だめです! わたしのことも、ブラッドのことも、これからもよろしくお願いします、でした!」
さも重大なことのように返され、あまりの真剣さにまた笑った。それをからかっていると捉えたのか、もーっ、と膨らむ頬を指で小突いてやった。見ていて飽きない面白さではあるが、あまり続けるとせっかく渡したプレゼントがいつまで立っても開けてもらえなさそうだ。
先手は取られたものの、喜んでくれるよう考えて選んだものである点においては引けを取らないと自負している。
肝心の中身は、ギルバートが自ら作ったアクセサリーだった。豪華な宝石をあしらった、なんて華美なものでは決してないが、しかし、幾度もブラッドの面々に相談してより彼女の好みに近づくよう苦心して作り上げたものだった。彼女のことだ、喜んでくれるであろうと想像に易しいが、しかしそれでもいざその時となると多少落ち着きのない気持ちになるものだった。
それを見たとき、彼女はどんな表情をするのだろう。どんな言葉をかけるのだろう。包装用紙を破ることなく見事に開き最後の蓋を持ち上げようとするその様を、そわそわと浮足立つ心を抑えながら、じっと眺めていた。
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