胸元に頬を擦り寄せてくる彼女に、出かかったため息をぐっと飲み込む。幸せそうにはにかむ様子に、あれこれ考えた文句は呆気なく霧散していく。そうして結局残ったのは、ただの、単なる、欲。「あとで、文句は言わせねぇぞ?」だってそうだろう。なあ。据え膳食わぬは、
「……キトリー。」呼ばれた、かと思えば手を引かれた。え、と思う間もなく、状況の把握を待たずして、彼はこの場を離れる。わたしの手を握って。待って、ねえ、待ってください。「ギル、突然どうしたんですか?」そう言って、不機嫌な顔が罰悪そうに歪むのを、わたしは首を傾げて見ていた。
ちゅ、と音を立てて唇が離れた。ぽかんと呆気にとられる彼女の口元は先ほどの艶やかさをすっかり失っている。「……ギル。」林檎のような頬で恨めしそうな目線をじとりと寄越す彼女に、ギルバートは軽く笑った。「ごちそうさん。」ぺろりと舌舐めずりすると、ほんのりと甘い、飴の味がした。
ぱく。口に含んでから、キトリーはぱちりと瞬きをした。しまった。口の中に溶け出す甘さは、先ほどまで彼の指先に乗せられていたスイーツ。グロスをイメージして作られた、キャンディだ。舌を這わせて舐め取ると、ギルバートが呆れて笑う。「食い意地張りすぎだ。」「美味しそうで、つい!」
なんとなくお前に似てたから。そう告げて、彼は小さなマスコットのキーホルダーを寄越す。「もしかして。出先でもわたしのこと、考えててくれたんですか?」「…そういうことをわざわざ口にするんじゃねえよ。」言って、帽子を目深に被る。その顔を眺めてわたしは、くすりと笑むのだ。
甘い微かな香り。ふわりと纏わせて彼が差し出したのは、花。「どれが好きだったか、聞いてなかったけどよ。」そう言って、彼、素っ気ない風にして。「ありがとうございます、これ、好きですよ。」どんな色でも、どんな形でも。あなたがくれるのならわたし、好きだと言える。きっと、きっと。
隣に並んで立ち、影を見ている。大きく伸びた二人の影。わたしも彼の背のように高くて、いつもより近づいて見えて。もしかして届くんじゃないかって、隣の彼を見る。見上げる。「どうした?」「……不意打ちは、難しいみたいです。」そう言い、わたしはねだるように、つま先で背伸びをした。
お腹いっぱい食べてみたいです。期待の眼差しを向ける彼女はいつだって核心を言葉にしない。したい、欲しい。そう言えばきっと、叶えてやれるだろうに。「…作るか。」「!」けれど知ってしまってる。ぱあっと華やぐ彼女の表情。ああ、ひどく甘いな。笑顔も、想いも、彼女の為のお菓子も。
目を閉じた。そっと触れて、身を預けて。それは秘密のサインだ。特別で、甘やかで、少し浮ついた、サイン。受け止めてくれる彼の手のひらが、躊躇いがちに、或いは意を決したように、頬に添えられる。二人の距離を詰めるには少しだけ長いこの3秒間を、わたしはとても、好きだと思う。
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