「ギル……」
呼吸混じりのか細い声で、名前を呼ぶ。広い背中にそっと身体を預けて、キトリーは目を覚ました。頭がとてもぼんやりとしている。
ええっと、ええっと? おんぶされている。誰に? ギルに。どうして? ……どうしてだっけ。
「気がついたか」
「うん……?」
「働きすぎだとよ」
短くて簡潔な言葉でギルバートが説明してくれるのをキトリーはぼんやりと聞いていた。ミッションを終えた後、部屋で少し仕事をしてその後勉強でもしよう、と思っていたことをなんとなく思い出す。ああ、その時にはもうなんだか体が重たくって、さすがに少し寝よう、と、思って……思ったけどベッドまで辿り着いた覚えがない。
キトリーに用事があったらしいギルバートが部屋まで訪ねてこなかったら、もしかしたらまだ倒れたままだったのかもしれない。自己管理も仕事の内だと思っていたのに、なんと情けないことか。
「ごめんなさい……」
「……まあ、その努力にあれこれいちゃもんつける気はないが、もう少し自分のことを考えろよ」
「はぁい」
まだ体は少し重いけれど動けないわけじゃなさそうだ、と思って下ろして欲しいとキトリーが言うが、それはすぐさまギルバートに却下された。「今は休んどけ」の一点張り。
「……部屋、もうすぐじゃないですか」
「もうすぐだからあとちょっと我慢しとけ」
「わたし、歩けますよ」
「……背負われんのが嫌か?」
「そ、そんなことは……ないです、けど」
「じゃあ、大人しくしとけ」
あ。なんとなく今、ちょっとギルが笑ったような気が。して。思わずキトリーは続きの言葉を飲み込んでしまった。顔はやっぱり見えない。なのに何故か、彼の纏う雰囲気が柔らかいのがわかる。少し、くすぐったい気持ちになってしまって、キトリーは唇をぎゅっと結んだ。その間にも、沈黙は肯定、と言わんばかりにギルバートはそのまま歩を進める。
部屋はもう目と鼻の先だ。(もうすぐ、)あと少しで着いてしまう。そうしたら、きっともう。……もう?
(やだ、わたしったら何を考えて……)
降ろされるのが少し、寂しい、なんて。そもそもこうしてわざわざ運んでもらって、迷惑をかけているのに。それなのに、そんな。そんなこと。
じわりと顔が熱くなる。ねえ今なら、見えないよ、見てないよ。悪魔のようなわがままな自分が心の中でそっと語りかけてくる。そんな囁きにも、心は簡単に揺らいでしまう。
本来、立場的に、頼られるのは自分の方であるはずなのに。どうしてだかもう、頼ってばっかり。今日こそ、今日こそといつも思うのに、いつも、気付いたら優しさに甘えてしまう。ずるいです。いっつも、優しくして。ギルはずるいです。……言えないけど。
「……キトリー?」
少しだけ。どうせ、あと少しだから。そうして結局キトリーは今日も、甘えてしまう。
首元に回した手に少し力を入れ、しがみつくようにぎゅっとしてみた。息が詰まっちゃうくらいどきどきしてちょっとだけ苦しくなったのに、どうしようもないくらい、顔が緩んでしまった。
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