静かな夜だ。部屋の中は小さな寝息と時計の音だけが響いて、そこに、動くたび擦れる布の音が加わる。
夢の淵から浮上した意識。目を覚ましたギルバートはゆっくりと瞼を開く。部屋は暗く静かで、夜明けはまだ遠いようだ。
ぼんやりとする思考の中、滲む記憶に先ほどまで見ていた夢を思い出す。何か、懐かしい夢、そんな気がした。温かくて、柔らかくて、儚い夢。ふらふらと片手を上げて髪をくしゃりと握る。曖昧なそれを思い出そうとすると、薄っすらとした何かがじわり、じわりと侵食するようにギルバートの心に陰を落とした。靄のような、淀んだ灰色のような。おそらくそれは不安であった。
一体何に。何が。心当たりがないといえば嘘になるが、今更何をそこまで気にする必要があるのか。そう思うのに、まるで小石を投げ込まれた水面に広がる波紋のような、そんな静かなざわめきは収まってはくれなかった。
暗い部屋、夜に包まれた部屋の、その中だからだろうか。思考だけが、ぐるぐると渦を巻くように巡り巡って、ぼんやりしたままの頭の中をかき混ぜていく。いろんな気持ちが、そこらに散乱してるみたいになって。
このときのギルバートにはわからないことだが、半分くらいは、まだ寝ぼけていた。
夢と現実とが混ざって。不安な気持ちは、温かい記憶の裏返しで。それは、きっと、今はここにない何かを思う、寂しいという感情。
「…………」
「……ん」
徐に、ギルバートの横で小さな体が寝返りを打った。そこでようやく、彼女の存在を認識する。穏やかな寝顔。すやすやと気持ちよさそうに眠る、少女。
「キトリー……」
反射的に唇で名前を模る。返事はない。代わりに規則正しく上下する体が転がって、ギルバートの胸元にたどり着く。
まだ少し、幼さの残る彼女。穏やかで、ふわふわとしていて、けれどまっすぐな強さを持った彼女。
ギルバートは思わず、キトリーを両腕で、抱きしめた。無意識に、安心を求めてのことだった。桜色の髪に顔を擦り付けるように、柔らかな体を抱き寄せぎゅっと密着させる。少しの隙間も惜しむように。離れることを、拒むように。……消えてしまった手を、その温もりを、思い出しながら。
「……ぎる」
強く抱きしめる力に気づいて、キトリーが目を開けた。ギル、どうしたんですか。まだ眠たそうな声で、名前を呼んで。
「……悪い。少し、こうさせてくれ」
言葉を切ると同時に入れ直された力を、その様子を、彼女はどう思ったろう。みっともないと思うだろうか、心配するだろうか。
真意はわからないが、理由は聞かないままにはいと頷いたキトリーは、ゆっくりとその腕をギルバートの背中に回した。ぽんぽん、とまるで子供をあやすように動かして。
「…………」
ギルバートはもう子供ではない。けれど。そうなのだけど。そうされた子供のように、その小さな衝撃はギルバートに安心感をくれた。
髪から香る甘い香りも、柔らかな体の感触も、五感すべてで感じる彼女の存在が、温かい。そこにいてくれることが、そうとわかることが、ぐるぐるしたままの気持ちを宥めて、落ち着かせてくれる。
「……キトリー」
「はい」
「ありがとよ」
「……はい」
敵わないものだ。ああ、本当に。彼女になにもしてやれてないと思うほど傲慢ではないが、彼女がくれるものはあまりに尊く、そして甘い。毒にだって、成り得るほどに。
いつか堕落してしまうのではないかとさえ思うが、それでも、そうと思ったとしても手放すことはもう出来そうになかった。そうしたくない気持ちもある、あの日に彼女を支えると誓ったことだってそうだ。そういうことが、いろんなことが、些細なことからそうでないことまでたくさん積みあがって。いつしか随分と、大きくなっていた。
未だ優しく背中を撫でる手に誘われ、すぐに睡魔はやってくる。ふあ、とキトリーがのんきなあくびをした。大変眠そうな様子だ。胸元に擦り寄ってくる彼女に軽く寄りかかって、ギルバートもそのまま目を閉じた。
子守唄のようなお互いの吐息の音を聞きながら、二人で眠る。穏やかに過ぎていく時間が、朝を連れてくるまで、ずっと。
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