ふるりと体を震わせて、キトリーはソファに腰掛けた。今日は少し肌寒い。いつもの部屋着に一枚上着を羽織って、お湯を沸かす微かな音に耳を傾ける。まだかな、まだかな。足を揺らして、キトリーは机の上の端末へと手を伸ばした。
真っ暗な画面。電源を入れて、指を滑らせて開いたのはメールの受信画面。その中の、一番新しいメール。ほんの少し前に届いたそれは、なんてことはないただの連絡。彼女とは別の仕事に出ているギルバートからの短い、連絡。もうすぐ帰る、って。
ご機嫌に左右へゆれていた体をそのままぐらりと倒す。ぽすん。遅れて桜色の髪が肩に、頬にかかる。目元のそれを指で掬い避けると、キトリーは再び端末を操作する。送信済みのメール。了解です、部屋で待ってます。改めて見ると少し素っ気無い気もするが、取り立ててほかに書くことも、伝えることも、うん、ないですし。
しばしのにらめっこの末、机の上にそれを置き戻したキトリーは、ふと気づいた。しゅん、しゅん、真っ白な湯気。お湯が沸いている。棚にしまってあるポットとカップを取り出しそれに注ぐと、すぐにじわりと熱が伝わっていく。紅茶の葉を取り出しながらキトリーは、ううんと首を傾げた。確かいつだったか、エミールに美味しい紅茶の淹れ方を教わったはずなのだけど、どうだったろうか。お湯を沸騰させると水分の中の酸素? が? えーっと。
「……まあ、そういうのはまた今度に……」
餅は餅屋、紅茶はエミールだ。早々に諦めてポットのお湯を入れ替える。茶葉を入れて、砂時計を返す。その間に、と別の棚に仕舞いこんでいたお菓子を取り出した。折角だからこれも一緒に食べよう。……けどその前に、一つつまんじゃおう。ひょい、とクッキーを一枚口に放り込んでから、キトリーは部屋の隅に置いてある姿見の前に立った。
その場で一度ターンをする。ふわ、と舞い上がるスカートと髪、どこもおかしいところはないだろうか。こないだはうっかり寝癖をつけたままそれに気付かず、笑われたっけ。今回は大丈夫。大丈夫にしておかなくては。
「ふふ」
無意識の内に笑いがこみ上げてきて、キトリーははっと口を押さえた。
今、この一瞬一瞬はすべて、少し前では考えられなかったことでいっぱいだ。鏡を見て前髪を直したり、何度も何度もメールを眺めたり、どきどきしながら人を待ったり。それが楽しくて仕方がなくて、つい笑っちゃったり? ……もし彼が見ていたら、何やってんだって呆れたような顔をするのだろうか。
そう思って、それがあまりに想像に容易くて。キトリーはまた、楽しげにくすりと笑った。
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