浮かんではぱちんと弾けるシャボン玉。ゆらゆらと揺れる水面は真っ白とも言えるほどそれらに埋め尽くされて、ほんのりと甘い香りを放っていて、そして、それで。一体何故、どうしてこうなったのだろうか。鼻の頭に泡をくっつけたまま楽しげにはしゃぐキトリーをしばらく眺めたのち、ギルバートはその視線を天井に向けた。
「泡がいっぱいですねー!」
「……ああ、そう、だな」
ぱしゃん、と音を立てて彼女はふわふわとそれを持ち上げた。泡風呂。湯船にたくさんの泡を浮かべて入るお風呂。
ことの始まりはふと出掛けた先で見つけた入浴剤。キトリーがあまりにも物珍しそうに見てははしゃいでいるようだったのでそれを買ってやった……ところまでは良かったのだが。「ギルも入りますか?」と聞かれて、じゃあキトリーの後で、と思い何気なく頷いた。そうしたら、あろうことか、彼女は水着を持ってギルバートの部屋までやってくると「さあ! お風呂です!」なんて。その顔があまりに輝いていて、こちらが何か間違っているのかとも思ったが思い当たるものは当然、なくて。
さあさあ、と背中を押されて連れてこられた先は浴場。「着替えてから来れば良かったですね。」と笑う彼女にそういう問題じゃないと言っていれば良かったのだろうか。今となっては全く後の祭りだけれど。
「入浴剤なんてなかなか使わないですけれど、楽しいですねー」
「そうか、それは何よりだ」
「……ギル? さっきからなんだか落ち着きがないみたいですけど、大丈夫ですか? 逆上せたりしてないですか?」
思わずギクリと体を強ばらせてキトリーを見る。本気で心配していることくらいはよくわかる。わかるけれど、そうじゃない。そうじゃないけれど、こういったことに関して彼女はあまり察しが良くない。
今までの付き合いでもそのことは確信していた。……痛感、の方がいいのかもしれないけれど。
「問題ない。……けどな、その、あまり近寄ってくれるな」
向かい合って座っていたはずが、いつの間にかぐっと体を寄せてきていたキトリー。その頭をぽんと撫でて、軽く押し返してやる。きょとんとした顔の彼女はきっとまたわかっていないのだろうけれど、いくら、水着を着ていたとしても、やはりこの状況。平常心を保つのは困難を極める。
真っ白な泡の中から覗く、お湯で火照ってほんのりと赤い肌の色が、どうにもこうにもちかちかして見えてしまう。疲労は湯船に溶けていくようだが、別の、毒素にも似たなにかが、胸の内でぐるぐると渦を巻いていくようだった。これは、一緒に風呂に入るのは、精神的に、よろしくない。とても、よろしくない。ギルバートがそう判断するのに時間はさほどかからなかった。
「……これは、しばらく禁止だな」
「えっ、こんなに楽しいのにですか!?」
しゅんと肩を落として「泡いっぱいで……楽しいのに……」ととことんズレた解釈をしていく彼女にギルバートはこっそりと溜息を吐きながら、次からはちゃんと最初に訂正しておこうと堅く決意していた。
この数分後には泡流しますね、なんて提案されることも知らずに。
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