全く察せない程鈍い訳ではない。そりゃあまあ、寧ろ全く察せない人の方が珍しいと思うし、そういうのじゃない人はある程度まではなんとなくだけどわかってしまうもので。その人の雰囲気とか、表情とか、仕草とか、そういう、そういったその個人を形作るものでわかってしまう。……それが真実かはさておいて、なのだけど。
でもそこが、そここそが、問題なのだ。真実か、否か。本人に尋ねればそんなものすぐにわかることだけど、そうできないからこそ問題なのだ。あるいは聞くまでもない些細な心情、それならばきっと悩まずに済んだだろうに。
「お疲れさま、ですわね。隊長」
カップを二つ手に、ノルンは声をかけた。ブラッドの隊長、ジュリウス。真剣な表情で大量の資料とにらめっこしていたその人は、つい、と目線を上げるとそこにノルンの姿を捉える。すると顔を上げて、表情を少しばかり緩めて微笑んだ。どうぞ、と差し出されたカップを受け取りながら。
「ありがとう」
「……それは、ブラッドの資料ですの?」
「そうだ、訓練や実戦でのデータが主だな。こういったものの扱いはシエルの方が得意だろうが、隊長として、頭に入れておくべきだと思ってな」
ブラッドのこととなると本当にこの人はいつも、嬉しげに話をする。目を細めて、軽やかとまで表現出来てしまいそうなほど饒舌さで。隊長として、なんて言っているけれど、きっと半分くらいは趣味みたいなものなんだわ。そう思うノルンもブラッドのことを考えていると時間はあっという間に過ぎてしまう。それと同じようなものだろう、となんとなく考えていた。
「愛されていますわね」
「勿論だ。だがそれは、俺に限った話じゃないだろう」
希望だがな。そう続けるジュリウスを見ていると、どこか確信めいたものを感じているように感じた。それは、少なくとも自分がその希望通りであるが故に、そう思い込んでいるだけなのかもしれないけれど。大切な、大切な居場所。ブラッド。
……なんだか、少し羨ましいと思ってしまった。彼から真っ直ぐに愛情を注がれるブラッド。その中にきっと自分もいるのだとしても、だ。情けない話ではあるけれど、微かに嫉妬してしまっていたのだ。
「隊長の思いは、きっとそれぞれわかっていますわ。無論、それは、このわたくしも」
嘘。半分くらいは。だって全然、わからないことだらけ。特にそれは限定された部分。ジュリウスが自分に向けるその感情、そこから感じたことが本当なのか。思ったことが真実なのか。
彼が、ジュリウスがどんな思いを持っているのか。思い、想い、その重さ。計り知れない。それがぽつり、降り出したばかりの雨のような静けさで、心に一つ、寂しさを落とした。それはそうね、きっとわがまま。ジュリウスの、彼のことが知りたいと思う、わがままなのだろう。
「そうか」
ふ、としたその表情の意味さえ汲み取れない拙さに心がきゅう、と軋んでいく。痛みは僅か、だけどどうして、少し苦しい気持ち。
「けれど、」
不意に。続けられたジュリウスのその言葉に、ノルンは無意識に首を傾いだ。ほんの少し、変わっていくその表情。注意していなければきっとわからない程度のその表情。
耳を傾けて言葉を待つノルンは、ぼんやりと見ていた。ジュリウスと、彼のその、自分に向かって伸ばされる手と。
「きっと、それだけじゃないんだ。それだけじゃない」
「……どういう、こと、ですの?」
「お前はどう思う。ノルン」
頬に控えめに触れた手のひら。そよ風が通り抜けるような優しさの手のひら。どきりと鼓動の速度が跳ね上がっていくのを感じて、それと対称的にノルンの思考が急激に鈍る。
どう思う。何を。どれを。誰が。何に。
戸惑うノルンを見て、ジュリウスは少し罰が悪そうな様子で触れていた手を降ろした。そのままカップの方へ滑らせて、まるで誤魔化すようにして残っていたそれを一気に飲み干す。
「……ジュリウス」
やっとのことで出てきた言葉、それは名前だった。答えになどなってはいない。
けれど、そのとき。その瞬間。ジュリウスの目、その奥で何かがぐらりと揺れたのを感じた。それは、何。わからない。わからないけれど、なんとなく覚えがあった。さっき、ついさっき、それはノルンにも訪れたもの。……だと、いいんだけど。
「残念ながらわたくし、あまり察しが良くないみたい。あなた相手だと特にそれが顕著になりますの」
「それは奇遇だな。俺も、お前に関してはあまり勘が働かないようだ」
不思議ですわね。そうだな。言いながら二人は、その理由になんとなく、気付いていた。
察したことも、思ったことも、すべて、あらゆるものを、都合の良いように解釈しようとすること。真実であると信じるより先に、これは自らの希望であると思い込んでしまうこと。
淡い輝き、臆病な恋心。きっとわかっているのに、きっとお互いに知っているというのに。ほら、また、思ってしまうのは。
「……カップ、下げますわね。ちゃんと休息も入れて下さいな、隊長」
「ああ。副隊長にそう言われては、気をつけなくてはならないな」
「わたくしとしては、言われなくても気をつけてくださると嬉しいのですけれど」
その瞳に宿って見えるものが、自分と同じものならいいのに。
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雪音様宅ノルンちゃんお借りしました!
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