ふわあ、とのんきなあくびが響く。
フライアの庭園は淡い明かりに包まれて夜の闇に浮かんでいる。特別静かで、特別落ち着く場所。そこに二人、ブラッドの隊長と副隊長はいた。
「隊長、一日おつかれさまでしたー」
「ああ。……本当にな」
いつも冷静なジュリウスが今は、その表情に僅かに疲労を滲ませて、笑っている。
そりゃあ、まあ、そうだろう。とキトリーは思った。
夜中、零時きっかり。突如ジュリウスの部屋に飛び込んできたナナとロミオ。それに続いてキトリー、アンリ、ギル、シエル。普段ならば各自部屋で体を休めている時間。それなのにぞろぞろと一体どうしたのか、そう驚き不思議がるジュリウスの表情を思い出すと、それだけで自然と顔が緩んでしまう。
それから、せぇのとナナが囁くように合図した。「誕生日、おめでとう!」6人の声が重なる。ございます、と2人の声が続いたけれど。
ぱちぱちと瞬きをするジュリウスが、一瞬遅れて、状況を理解した。それぞれに笑みを浮かべる家族たちを一瞥し、「ありがとう」と告げる。
これが始まり。
「それから朝、起きてからは、ごはんがやたらと豪勢で」
「ナナが随分喜んでいたな」
「ジュリウスはオフにできるようみんなで考えたんですけど」
「救援要請だったんだ。行くしかないだろう?」
「でもわたしとアンリとシエルとロミオは、別のミッションで」
「ギルとナナもいたからな、全員無事だった。心配はいらない」
「あ、でも帰ってきてからみんなでおやつ食べましたねえ」
「ギルに教わって全員で作ったケーキだったか。あれは美味かった」
「ふふ! 今度はジュリウスも一緒に作りましょうね」
「ああ、そのときは呼んでくれ」
「それから夜ご飯も豪華でしたー」
「シエルがジュースと間違えて酒を飲んで、珍しくはしゃいでいたな」
「あれ、ナナとロミオがちょっと悪戯をと思って持ってきたって言ってました。ほんとはギルに飲ませて酔わせるつもりだったみたいです」
思い返してみると、本当に、内容の濃い一日だった。そばについて回っていただけのキトリーでさえこんなにも疲れているのだから、主役はもっとすごそうだ。
けれどこの疲労感はどこか心地が良かった。確かにもうへとへとで、走る気力さえもないけれど、不思議と、明日もまた頑張ろうという気持ちにさせてくれる。
「……楽しかったな」
「はい、とっても」
忘れられない日になった。言葉にせずとも、皆がそう思っていると確信していた。それがとても、とても嬉しかった。しばらくは、家族たちと顔をあわせただけで、意味もなくにやけてしまいそうなくらいだ。
現に、今二人、その状態。ふと目が合った瞬間、くすりと笑みがこぼれる。
「改めて誕生日おめでとうございます、ジュリウス」
「ああ。キトリーには感謝している。もちろん、ブラッド全員にも」
「色々考えたんですよ。準備もいっぱいしました」
「俺は一人除け者にされてるのではないかと不安だったがな?」
「あら。本当は気付いていたんじゃないんですか?」
「……さあ、どうだったかな」
おどけてみせるジュリウスに、キトリーは珍しいですねと率直な感想を述べた。それほど長く一緒にいるわけではないけれど、珍しく、彼がはしゃいでいるように見えたのだ。
ああ。けれどそういえばジュリウスは、戦ってるときもたまにはしゃいだような声を上げるっけ。やった、なんて無邪気に。よくよく考えてみるとちょっとかわいい、なんて思っていたら、まるで読まれているようなタイミングで頭を軽く小突かれた。
「キトリー」
「ふふふ」
「全く……。俺だってたまには羽目くらい外すさ。特に、副隊長は気心が知れている」
隠す必要はない。そう言って、ジュリウスは桜色を髪を梳くようにして彼女の頭を撫でた。
たくさんのものを守って、支える手のひら。優しい、優しい手のひら。思わずキトリーは目を細めた。夜になって気温は少しずつ下がっているだろうに、とても温かい気がした。
…………。ああ。しまった、わたしがもらってどうするんでしょう。慌てて、けれど振り払うのは惜しくて、そのままの状態で言葉を発する。
「も、もうすぐ……もうすぐ、日付変わっちゃいますね」
「そうだな」
「……ジュリウス、誕生日おめでとうございました」
「ああ」
「今年のトリは、わたしがいただきですね」
冗談っぽく言って、様子を伺う。笑って欲しかったのだけど、と目線を上に滑らせると、ジュリウスはとても穏やかな眼差しで彼女の頭を撫で続けていた。そのまま見つめているのがなんだか少しだけ気恥ずかしくなって、キトリーはすぐに目を逸らしてしまう。
「……そろそろ休まないと」
「部屋に戻るか」
「はい」
自然と離れる手を少し惜しみながら、ジュリウスの隣に並んで、歩き出した。
「明日からもよろしくおねがいしますね、隊長」
「こちらこそよろしく頼む、副隊長」
エレベーターの中でそんな言葉を交わす。
扉が開く頃には、もう日常に戻ってしまう。いつもの、大切なものを守るために命を張り続ける、なんて日常に。
怖くないなんてそんなわけはない。けれど、それでも、皆と一緒ならば大丈夫だって思えるのだ。大切な、大切な家族たちだから。
そんな人たちを守れるくらいにはなったつもりだけど、どうだろう。まだあまり自信はないかもしれない。ジュリウスはまだまだ、目標だった。また一つ大人になって、だからわたしももっと頑張らなきゃいけないなあ。と、キトリーは思った。
ごう、と音を立ててエレベーターが止まった。間もなく、扉も開くだろう。
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