それはおとぎ話。昔々、この地において語られた、ある恋人たちのお話。
「……雨、ですね」
「そうだな」
雨粒滴る神機を抱えて雨宿りをしながら、キトリーは空を見上げた。鈍い灰色の空。しとしとと降り注ぐ雨は止む気配を全く見せない。
残念です。そう呟くキトリーは、先日聞いた話を思い浮かべていた。仕事の合間に支部長から聞く、極東の話の一つだった。天に流れる星で出来た川のこと、そこで年に一度だけ会える恋人たちのこと。
「この雨は催涙雨って呼ぶんですって。恋人たちが流す涙の雨って」
大好きで大好きで仕方がない人と会えない涙。そう思うと、頭の中、静かにそこに佇む思い出がきゅんと疼くようで、思わずキトリーは目を伏せた。
彼女のその心の内を察して、ギルバートは手のひらを桜色の頭にそっと乗せる。せめて気休めくらいには、と優しく撫でて。
彼自身思うことがないわけでは決してないけれど、何かをきっかけに突然沸き上がる言い様のない寂しさ、それを整理するのに手間取るのは彼女の方が多くて。いくらしっかりしようとしても、周りから頼りにされようとも、まだ17の少女なのだ。一人で全て抱えるには、過ぎるほど重い。
「奴らのは自業自得だ、仕事放って遊んでたんだろう?」
「そう、ですけれど……。離れてからはこの日が来ることを心の支えに、仕事に精を出しているんですよ。会えないのは寂しいことです」
「でも、また来年は会えるだろ。そいつらにとっちゃ、一年って感覚が俺たちより短い可能性もある」
ずっと昔からそうしてきてるんだろ。なんて言って、ギルバートは空を見上げている。
顔を上げたキトリーは彼をじっと見つめた。目が合わない。見ていることには気づいているはずなのに、頑なに顔をこちらに向けようとしない。
「悪いな、あまり上手いこと言えなくて」
「……いえ、ふふ。ありがとうございます」
帽子を目深に被る仕草。気恥ずかしそうな様子が少し可愛くて、キトリーはこっそりと笑った。
「ねえ、ギル。もしわたしと一年に一度しか会えなかったら、どうします?」
興味本意な、もしもの問いかけ。けれど彼は真面目に考えてくれているようで、少しの沈黙を置いて、思案する。
その間にキトリーも考えてみた。もしも、ギルバートに一年で一度しか会えなかったら。もちろん寂しいだろうけれど……あまり想像がつかない。いつも一緒にいるからだろうか。
「まあ、物足りないとは思うだろうな。どうするかってのはなってみないとわかんねぇ」
「ですねえ。一緒にいるのがもう、わたしの中で当たり前になっちゃってます」
それがどれだけ幸せなことか、なんて言われても幸せの量なんてわからないけれど。
例え離れたとしても連絡を取る手段くらいいくらでもある、と端末をひらつかせるギルバートにくすくすと笑みをこぼして、キトリーは再び空を見上げた。
「さ、わたしたちもお仕事頑張りましょう! 負けてられませんよー」
「ああ。……行くか!」
遠くからアラガミの咆哮が聞こえる。雨は少しだけ、弱まっていた。
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