ぱちぱち。瞼で数度、視界を遮る。目の前の景色は変わらない。変わるはずもないけれど。
天井、それから、背中にお布団。眠るときの状態。だけど全くそれと同じじゃない。今はまだ眠るには早い時間だし、それに、それと、もっと決定的に違う存在。天井と自分の間、ギル。ギルバート。目の前に、その人。
え、あ、う。慌てているキトリーの口から、情けない声がぽろぽろとこぼれていく。違う、違う、そんなこと言いたいんじゃなくて。ないのに。何か言葉を作り上げようとするのに、全然。上手くいかない。どうにか名前を呼ぶだけで、精一杯。
「ギル……?」
声がとても震えている。静かな部屋に響く自らのその声に、キトリーはより一層恥ずかしくなって、ついに黙り込んでしまった。緊張で強張った肩、ギルバートはどうやらそれに気付いているらしい。やれやれとでも言いたげな顔で、キトリーの名を呼ぶ。やさしい、やさしい声で。
「キトリー」
「ひゃい!?」
「……押し倒しておいてなんだが、大丈夫か?」
押し倒す。――誰が。ギルが? 誰を。わたしを。
改めて状況を飲み込んで、キトリーはこくこくと小さく頷いた。自分でももう何がなにやらよくわかってなどいない。大変わかりやすいその様子に、ギルバートは苦笑する。……これは、この状況はあまりよろしくない。大人の余裕ってやつなのかもしれない。そりゃあ、年は5つも離れているし、神機使いになるまではぼんやりと、ただ生きることだけに必死になっていたキトリーじゃ、人生経験ってやつも高が知れているかもしれないけれど。
「だっ、だいじょうぶです」
「本当かよ」
「ほんとうです」
「そうか? ……なら」
意地悪く笑ったギルバートが、キトリーの耳元に唇を寄せた。すぐそこに、呼吸。急激に鼓動がその速度を上げる。息がかかって、くすぐったくて、それで、それで。ううう。居た堪れなくなってぎゅうっと目を閉じたキトリーだったけれど、それは完全に、逆効果だった。視覚を遮断した分だけ、聴覚に、意識がいってしまって。
「このままキスをされても、同じこと言えるか?」
バッと目を開ける。じんと響く低音、まだ耳に残ってる。熱い。しゅう、と煙でも出てきちゃいそうなほどだ。えっと、えっと。言葉を詰まらせている間、ギルバートはただそっとキトリーの髪を撫でる。ああ、また。もう。撫でられるのは別に、嫌なんかじゃない。寧ろその、安心してしまって、でもだから、自分が子供みたいでちょっと悔しくなってしまうのだ。
「ギル」
「ん?」
「その。あの、し、してください」
彼の目を見て言えたのはそこまでだった。キス。最後だけ、その単語を口にするときだけ、逸らしてしまった。まだまだ、余裕が足りない。けれど頑張った。頑張ったほうだ。自画自賛するキトリーは、反応が気になって、ちらりとギルバートへ視線を戻す。すると、見上げる彼の顔に、ほんのりと赤みが差している。
「……顔、赤いです」
「言わなくていい」
こつんと手の甲で小突かれた。見上げる彼のその表情は先ほどよりも赤くて、それがなんだかおかしくてキトリーはふふ、と笑う。
「これでおあいこです」
「……これで終わりじゃ、ねえだろ?」
え、と口に出すよりも先にギルバートの指がキトリーの顎を掬い上げる。問答無用といった様子でぐい、と顔を近づけて、触れるか触れないかの距離。ちょっと動いたら、触れ合ってしまう。
「しろって言ったの、お前だからな」
くらりとしてしまいそうに甘い声。間髪入れずに唇が重なり合った。そっと、だけど少しだけ勢いづいた様子で。
「ギル、待ってくださ……っ、ん」
僅かに離れた瞬間言葉を発しようとするも、すぐにまだ塞がれてしまう。くぐもった声だけが音となって、それも喉の奥へ消えていく。
ようやく解放された頃にはすっかり呼吸は乱れていて、キトリーはじと、とギルバートを見上げる。けれど、少し罰が悪そうにして謝るギルバートに、言おうと思っていた文句はどこかへ行ってしまった。先手を、取られてしまった。
いつだって彼は自分を気遣ってくれている。そんなこと、十分すぎるほどわかっている。つもりだ。普段も、仕事のときも、二人きりのときだって。なんだかんだ言って優しい。そんな彼だからこそ、別に、そう別に、何をされたってきっと構わない。
じんと疼くそれから目を逸らすように、キトリーはもう一度キスをねだった。
「今度は、優しくしてくれますか?」
なんて言って。
*title by メロウリップ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -