身体がずしりと重く、それでいて頭がふわふわして。そういえば町で風邪が流行ってるみたいですよ、なんて言っていた数日前の妻の姿が脳裏に過った頃には、もう手遅れで。
「……うわ、あつ!」
仕事を取り上げられ為す術もなくベッドに押し込まれたアーサーは、僅かに自己嫌悪していた。自分はあまり健康的とは言い難い生活をしている方だが、それでも自己管理を蔑ろにしたつもりはなかった。確かに風邪は街中で流行っていたのだけれど、注意が足りなかったか、或いは。
「すみません、お手数をかけて……」
「いえ! 寧ろこういうときこそどーんと任せてください、私はアーサーさんの妻ですから」
元々彼女はしっかりした人だったが、結婚してからはより一層そう感じられた。何にでも適応して、器用にこなしてみせて、でもそれだから一人で抱え込みがち。そんなところもいじらしくてかわいいのだけど。……うん、そうだな、それが彼女だ。手際よく、甲斐甲斐しく世話をしてくれるフレイを横目にアーサーがそう脳内で反芻、納得したのには理由があった。
風邪が流行っているから気をつけて、と会話した時のことだ。自分は久しくそれと縁がなかったし体調には気を遣っていると自負していたからか、或いは結婚してからまだ日が浅いものだからか。アーサーは、もし彼女がそうなったら看病するのは自分の役目なのだろう、と思い、少しだけ浮かれた気持ちになったのだ。
思い返せば随分と浅ましいことだ。だって、フレイさんが元気で楽しそうに笑って、それで私の隣にいてくれるのなら、こんなにも幸せなことはないだろう。日常にありふれたそれを、決して当たり前なのだと思ってはいけない。そういう自戒。この自己嫌悪の由来はそういったものだった。
風邪が軽率な下心の罰というのなら一人で耐えることも吝かではないが、先程頼っていいと言われてしまったものだからもうだめだった。アーサーのものよりひと回りもふた周りも小さな手のひらに優しく撫でられて、心地良さに目を閉じる。ああ。身体はこんなにも気だるいのに、幸福感でいっぱいだった。
唯一惜しいのは。薄く目を開いた今の自分には、彼女の姿がぼやけてよく見えないことだろうか。このまま眠ってしまったら、フレイさんは仕事に行ってしまうだろうか。……それを寂しいとは今は言えなくて、アーサーは祈るようにしながら再び目を閉じることしか出来なかった。
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