我ながらいかがなものかと思うのだけれど、それは自分が恋をしていることを毎日気づかされる日々だった。
朝の眠たい頭は今日は会えるだろうかとか考えるし、カウンターで店番をしていると扉が開いてあの向こう側から声がしないだろうかと思うし、本人に会えばその笑顔ひとつで幸せになってしまう。──もうどうしようもなく、その心は重症だったのだ。自分自身ですらコントロールできなくて、ただ表情が緩んでしまわないように、周囲の人間に悟られないように、フードを深く被っていることしかできなかった。
「アリス」
名前を呼ぶだけで心臓が痛む。頭の中では、彼女の名前の形をした自分の声が、ひどく優しい音を響かせる。それだけで今、自分がどんな表情をしているかがわかる。そわそわと落ち着きない気持ちはまるで羞恥心が叫んでいるようだった。浮ついたオレを誰も見ないでくれ、と。
「どうしたんですか?」
「……なんでもない。呼んでみただけだ」
若葉のような色をした瞳を不思議そうに丸くして、アリスがこちらを見ていることに気づく。むず痒い気持ちはどんどん強くなっていくけれど、目が合って嬉しそうに笑われてしまうともう、顔をそらすことはできなかった。リュカはずっと、アリスに恋をしているのだ。惚れた弱みというやつだ。
「はあ……」
「随分と大きなため息ですね。幸せ逃げちゃいますよ」
「オマエがここにいるのに他にどこに行くってんだ」
小さく息を詰まらせる音がして、アリスが頬をほんのりと赤く染めた。深く考えずに口をついて出たそれは限りなく本音で、心の深い場所からくる言葉で、だからそれに気づいてリュカも思わず照れてしまう。
「どこ……だろう。リュカさん、時々すごいこと言いますよね、ずるいです」
あんたには負けるけど、とは言わなかった。言えなかった。照れた顔で笑ってこちらを見上げてくるアリスの表情が恋をしているとわかってしまったから。それだけでもうリュカは何も言えなくなってしまった。代わりに先ほどよりも大きくため息を吐く。
もしも幸せがオレから逃げていくのだとすれば、行き先は間違いなく目の前の彼女だろう。だってこの甘い日々は今、彼女でできているのだから。
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