「あ、ミノリさんだ!」
パンケーキを一切れ頬張った瞬間。突然背後からかけられた声に、ミノリは振り返った。鈴を転がしたようなその可愛らしい声は、このレストランからそう離れていない宿屋の娘さんの声。メルティちゃん。名前を呼ぶと、彼女は人懐っこい笑みを浮かべ、ミノリの元へ駆け寄ってきた。
「今日はお外で食べているのね。天気もいいし、風も気持ちいいし、良い選択だと思うわ!」
「ふふ、メルティちゃんも良かったら食べる? 今日はベリーソースのパンケーキ」
「わあ、いいの?」
やったあと嬉しそうな様子でぴょんと跳ねるメルティに、自然と頬が緩む。どうぞ、と隣の椅子を指し二人並んで座ると、パンケーキを半分こにする。あ、お皿と食器、もう一人分あった方がいいかも。
ちょっと待っててとメルティに告げ、ミノリは店内にいる店主に目を合わせる。お皿と、フォーク。身振り手振りだったが、察しの良い彼はどうやらわかってくれたようで、笑って頷いてくれた。
そんな二人の様子をじっと観察していたメルティだったが、何かを思いついたのか含み笑いを浮かべ、そして言葉を紡ぎ出す。
「そうだ、わたし、ミノリさんに聞きたいことがあったの!」
「うん?」
「ほら、レーガさんって見ての通りとっても素敵で、まさに理想の王子様! って感じでしょう? 憧れる気持ちはわたしもよぉくわかるんだけど、好きって思うようになったきっかけって、何だったの?」
饒舌に言葉を連ねるメルティに少し気圧されて、思わずミノリは苦笑を浮かべた。なんとなく彼女がおませさんであることはわかっていたけれど、そんなに、そんな風に期待に満ち溢れた目で興味津々って見つめられたら。さすがにちょっと、少し、いや、割と。恥ずかしい。話の内容もそうだけれど、あの、その。……ど、どうしよう。
ほんのりと頬を染めるミノリを見て、メルティはより一層その瞳を輝かせた。心ときめくエピソードが聞けるのではないか、と思っている……らしい顔をしている。
「……あんまり面白くないかもしれないよ?」
「そんなことないよ!」
内容の欠片も話していないのに否定が随分と早い。ううん。これはとっとと腹を括って話してしまった方が良い気がする。
「あのね……最初はこのとき、って明確に思える出来事は、あんまり、思いつかないの」
「そうなの?」
「うん。みんながみんなそうって訳じゃないと思うけど、わたしは、気がついたらいつの間にかって感じだったんだ」
「ふうん……」
そういうものかぁ、と呟いて、メルティは何かを深く考え込むように腕を組んで首を捻った。何を考えているのやら。子供が一生懸命何かを考えている様子って、なんとなく微笑ましい気持ちになるけれど、年齢の割りに大人びているところがあって感受性も強い彼女の場合、なかなか鋭いところを無邪気についてくることがあるし少しどきどきしてしまう。そう思っていたら。メルティがそうだ、と顔を上げた。そうして、
「ねえねえ! ミノリさんって、レーガさんのどこが好きなの?」
「えっ?」
「どの辺り? どのくらい? 具体的にっ!」
「ええ……っ!?」
さすがにミノリも頬を赤くして口を噤んだ。身を乗り出しそうなほどの勢いで質問を投げかけてくるメルティに少し戸惑ってしまう。
すっかり返答に困ったミノリがおろおろしていると、そんな彼女の背後から不意に、声。「何話してんだ?」落ち着いていて安心感のある低音、その声は、レストランの店主、レーガのもの。思わず素っ頓狂な声で「レーガくん!」と叫んでしまったミノリは慌てて口を両手で押さえる。変な声が出てしまった、はずかしい。
「これ、はい。メルティの分の」
「ありがとう、レーガさん!」
「それで。随分と興味深い話をしているみたいだったけど?」
「れ、レーガくん! 仕事! ほら、お仕事しないとだよ!」
真っ赤な顔のままミノリはぐいぐいとレーガを押さえて、店内に戻そうとする。仕事に対して真面目な彼のことだ、言われずともきっとすぐに戻るだろうに、けれどそんなことを考えられるほどの余裕はミノリにはなかった。メルティが楽しそうに笑顔を浮かべる。
「ミノリさんに、レーガさんのどこが好きなの? って聞いていたのよ。そうしたらミノリさん、真っ赤になっちゃって! レーガさん、とっても愛されているのね!」
「め、メルティちゃん……っ!」
何やら忙しなく両手を振ってはうう、と唸るミノリにメルティは満面の笑みだ。
そんな二人を見ていたレーガも、どことなく気恥ずかしそうに目線を泳がせた、かと思えば気持ち小さな声でメルティに言う。あんまりミノリを困らせるんじゃないぞ、と。
「はぁい。……ふふ、そうね。二人がとってもいい感じってことがわかったからもう十分よ」
「もう……」
すっかり勢いを挫かれてしまっていて、言葉が上手く出てこない。まだ少しどきどきもしている。全く、ほんとうに、もう。言いたいことはなんとなく思い浮かぶけれど、楽しげな笑顔を見ていると、やっぱりまあ、いいかなって思ってしまう。ミノリ自身も、やはり、彼女とお喋りをするのは楽しいと思っている。うん、楽しい。だからまあ、いいや。
「ね、レーガくんそろそろ本当にお仕事に戻ったほうがいいよ」
「……ああ。本当だ!」
「引き止めちゃってごめんね、レーガさん」
「いいよ、気にするな。じゃあオレ戻るけど、二人とも、ゆっくりしてって」
最後に優しくミノリの頭を撫でてから、レーガは店の中へと戻っていった。とても自然に、それが至極当たり前であるかのように。もちろん、彼がそれを誰にでもやるというわけではない。そのことはメルティも、そしてミノリも、わかっている。
「……レーガさんがああいうことするのって、ミノリさんだけよね」
「あ、う、そう、だね。そうだと、いいな」
「…………なるほど、やっぱりそういうところが決め手なのかしら。特別扱い、って威力絶大ね」
「え? メルティちゃん、何か言った?」
「ううん、何でもない!」
そう言うとメルティは、先ほど持ってきてもらったぴかぴかのフォークを握り、パンケーキを頬張った。
彼女の呟きが上手く聞き取れなかったミノリはただただ首を傾げていたが、おいしいね! と頬を緩ませるメルティを見て何だかんだで結局、流されてしまうのだった。
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ゆずな様にリクエストいただきました。ありがとうございました!
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