温かな食後の紅茶。砂糖を少し多めに入れた、甘いストレートティー。カップを持ち上げ口許に寄せると、ふわりと澄んだ香り。白い湯気は呼吸に合わせてゆらりと揺れる。
ふと視線を感じて、ミノリは顔を上げた。カップをソーサーに戻すと、自分に向けられた視線を辿って、その目を見つめる。じっとこちらを見ている、その双眸、真っ直ぐで素直で、少し、ほんのちょっとだけ、照れてしまう。
「レーガくん」
合わせたそれを逸らして、それから彼の名前を呼ぶ。そんなに見ないで、という意味を込めたつもりだったのだけど、どうやら通じなかったみたいだ。それとも、気付いていて知らんぷり? それは……少し意地が悪い。というか、最近彼は少し意地悪だ。嫌がらせをされている訳ではない、けれど。困る。そう、困ってしまう。そんなことばかりを言う。
「あの、あまり、見ないで」
「嫌?」
「そんなことは……ないけど。わたし、見ていて面白い?」
「いや、面白いというか、かわいい」
「かわっ……」
やだ、と頬の火照りを誤魔化すように笑うと、ミノリは唇をきゅっと結んで目線を斜め下方へ泳がせた。ほら、ほらもう。そういうことばっかり。からかうみたいに。ううん、からかわれてる? おかしそうにくすりと笑みを溢すレーガに、心臓がきゅっとなる。ちょっと苦しい。だけど心の内を悟られまいと、冷静さを装う。
「笑ってる。やっぱり面白いこと、えっと、何か変なこととか、してた?」
「してないよ。いつも通りだと思うぞ」
「じゃあ、どうして見るの」
「見たいから」
「どうして」
意味のない問答。結局訊ねることもその答えも何も変わらない。堂々巡り。全く何も成さない会話。もういい、とミノリは拗ねてみる。そうしたら、また彼はくすりと笑う。笑って、紅茶のおかわりはいるかと聞く。ミノリはいると答える。いつもの、お昼。ここ最近の、お昼のやりとり。
「よく、飽きないね。毎日、同じことばっかり繰り返してさ」
「あー……うん、まあ。そうだな」
「? やけに歯切れが悪いんだね」
「半分は違う……と、オレは思ったからかな。同じに見えるかもしれないけど、よく見ると案外、そんなことはなかったりするぞ」
「どういうこと?」
いつもは問いかけると素直に、素直すぎるほど素直に答えてくれるのに、その質問にレーガは答えなかった。さあ、どういうことだろうな。それだけ言って笑った。いつもの、あのおかしそうな笑い方じゃない。含み笑い。ますます意味がわからなくて、ミノリは首を傾げた。
「教えてくれないの」
「教えてもいいけど……」
「けど?」
「…………その話はまた今度」
ちゃんとするから、と言って頭を撫でられた。突然なでられたものだからびっくりしてしまって、ミノリは肩を小さく震わせた。ぱちくりと瞬きをしてレーガを見上げると、彼は、どうしてか、とても優しい目をして、こっちを見ている。穏やかで、えっと、その、勘違いだったらすっごく恥ずかしいのだけど、とても、とても愛おしいものを見るような。見るような……?
「え、え、なに……っ」
「いや、かわいいなって」
「それはさっきも言った!」
「ミノリ、顔が赤くなってるぞ」
「わー、わーっ! 言わなくていいー! こっちこなくていいー!」
キッチンを挟んで向こう側にいたレーガが、カウンターの席へと近づく。耳まで真っ赤なミノリの、その傍に。からかわれている。これは絶対、からかわれている! どうせそうやって今まで、女の人をたぶらかしてきたんだ!
「もう、帰る!」
「そうか。無茶しない程度に、仕事がんばれよ」
カウンターにお金を置いて席を立つと、丁度タイミングよくお客さんが入ってきた。よかった、おきゃくさんが来るのあと少し早かったら、あの不毛なやり取りが見られていたかもしれない。愛想よくいらっしゃいと言うレーガを横目に、ミノリは一言「ごちそうさま」と告げてお店を出た。あくまでも普通の、普通のお客さんだった。多分そんなことはない……ことをしていたのだけど、なんとなくそう言い張りたい気持ちだった。誰にというわけではないのだけど。
「…………」
冷静になって考えると、別に、彼は意地悪だなんてことはない。どうしてと聞いて全部答えてくれる人なんてそうめったにいない。そして、レーガは大体のことは答えてくれる。面倒くさがらずに、笑って答えてくれる。気遣ってもくれるし、ごはんはとってもおいしい。いい人だ。仕事にも真面目だし、というか、仕事に限らず真面目だし。……からかって遊ぶような人じゃない。
「……余計に、はずかしいよ」
顔がなんだか、まだ熱い。風に触れても、全然冷めない。
ねえ、ちゃんとするからってどういうこと。そのときに、わかること? さっき自分で閉じたレストランの扉を見つめる。中から聞こえた楽しげな声は、どきどきと高鳴る心音に掻き消されていった。
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ツバサ様にリクエストいただきました。ありがとうございました!
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