仲が良い、とは思っていた。まあ、多少面白くないとも、思っていた。それでも自分に向けられる彼女のその表情は特別なものであると自覚していたし、嫉妬しない……のは無理だとしても一応許容はしている。しているつもりなのだけど。
「…………幾らなんでも、レーガの話しすぎダロ」
「いてっ」
額に向けて指を弾く。あ、思ったよりも痛そうな音がした。ミノリが額を押さえて、こちらを見上げる。音通りの衝撃があったらしくうっすらと目の縁に涙が滲んでいるのが見えて、ナディは思わず目を逸らす。その胸の内に生じるのは、僅かな罪悪感。
「…………」
「…………そ、その目、ヤメロ」
「…………ううー」
「……ああ、わ、悪かったって!」
完全に敗北だ。自分でもあまりにも彼女に弱い、と思う。そもそもミノリはナディの行動の意図をちゃんと理解しているのだろうか。いや、彼女は動物の機嫌にこそ敏感でも、その分割と人の心には疎い。マイペースにあっちこっちふらふらされるというのも恋人としてはなかなかどうして、大変だ。常に気を揉まなくてはならない。ナディが女性の扱いにあまり慣れていない分、それは余計に。
「オマエ、自覚してるかどうか知らないガ、さっきからレーガの話ばっかりしてたゼ」
「えっ嘘。ほんとう?」
「本当。……オレといるんだからちょっとくらいは気をつけてクレ」
「そっかー。むむ。レーガくんには、アンタっていつもナディの話ばっかりだよなって言われるんだけどなあ」
若干、嫌な予感がする。余計なことを喋ってはいないだろうか。確認しておきたいような、聞きたくないような。どうしたものかと考えている間に、ナディの心情には全く気付いていないらしいミノリが言葉を続ける。
「どうしたらナディくんが照れずに手を繋いでくれるかなあ、とか。どうしたらデートに誘ってくれるかなあとか。かわいいって褒めてもらうにはどうすればいいかなあとか」
「……、ちょっと待て。もしかして、最近レストランに行くたびやたらとアイツにあーだこーだ言われるの、オマエのせいカ!?」
「レーガくん、聞き上手だし、アドバイスとか的確だし、相談しやすいんだよねえ。お兄ちゃんがいたらあんな感じなのかな」
へらへらと頬を緩ませて笑うミノリからは全く他意など感じられない。ただ本当に、純粋に、そう思っているのだろう。それだけは確実に、わかる。わかるが、だからこそ心の底から呆れた。と同時に、顔にどんどん熱が集まっていく。こいつ、なんて話を、しているんだ!
「オマエ、ソレ、そんな、オレがすっごい不甲斐ないヤツみたいな話ばっかり……!」
「だって」
「だってじゃない!」
「あーっ、ほらそうやってすぐ真っ赤になってそっぽ向くー!」
丁度顔を背けた瞬間に解説をされると、余計に恥ずかしい! とは言えなかったが、代わりにナディはその小麦色の手でミノリの視界を遮った。そこまで言われてこのまま黙ってなどいられない、だろう。耳の先まですごく熱いけれど、気にしない。気になんて、してやらない!
急に視界が塞がれたミノリがびっくりして怯んだその隙にナディは素早く顔を近づけると、唇を奪った。掠める程度の、軽い、キスなんて言えないくらい一瞬の出来事。
「な、ナディくん……?」
「……今こっち見るナ」
「ナディくんの手で見えないよ」
「それでも見るナ」
なにそれ、とミノリが笑う。ナディの動揺なんてまるで知らないようで、やっぱり悔しいが、彼女の頬にほんのりと朱色が刷かれているのを見ると、少しくらいは、まあ、いいか。と思わなくもない。
気付かれないよう静かに深呼吸をして、力強く早いテンポで脈を打つ心臓を少しだけ落ち着かせると、ナディは彼女の目を覆っていたその手をそっと離してやった。
急に明るくなった視界が少し眩しかったらしいミノリはぱちぱちと数回瞬きを繰り返し、そしてそのまま、じいっとナディを見つめた。瞳、きらきらと輝いている、ように見えた。……なんとなく、なんとなくだが。その視線に期待と、ほんのりと熱っぽさを感じて、思わずたじろいでしまう。
「ねえ、あの」
「な、何ダ」
「あのね、その。今のよくわからなかったからもう一回してって言ったら……怒る?」
「なっ……!」
ぱくぱくと口を開閉するも、その口から出てくる音は短く、とても言葉には満たないものばかり。するとミノリは、そんな彼に対して突破をかけるようにだめ? と言って首を傾げる。見上げる瞳、きゅっと結んだ唇、普段より僅かに近い距離、すべてが、これでもかと誘惑してくる。バカ、そんな、そんな風に言うな、見るな。そんな言葉も思い浮かんだけれど、けれどもう、体はすっかりと熱に浮かされてしまっていた。ふらりと頬に手を添えると、ミノリが目を閉じる。滑らせるように移動した手が顎を掬い上げる。距離が近づく。互いの呼吸の音さえ聞こえてきそう。瞼を下ろす。同時に、唇を重ねた。先ほどよりもしっかりと、優しく。
「……もう一回」
「ワガママ」
「んっ……」
唇を離すと、そのままミノリは身体をぐらりと傾けて、ナディに預けるように凭れ掛かる。もしかして苦しかったのだろうか、慌てて名前を呼ぼうと口を開いたが、その前にミノリの両腕がナディの背中に回された。決して強くはないけれどぎゅっと、確かな力で抱きしめられ、出掛かっていたその声は音にはならず、そのまま喉の奥に霧散していった。
「へへ、どきどきした……」
「……バーカ、オマエが煽ったんダロ」
抱きしめ返してやると、ふわりと甘い匂いが鼻腔をくすぐる。ぴったりとくっついたところからどきどきと響くのは、果たしてどちらの鼓動だろうか。
こんなにもかわいい彼女を見られるのは自分だけだという優越感と、砂糖で煮出したような甘い雰囲気に浸っていると、先ほどまでの会話がどんどんどうでも良くなってくる。単純な嫉妬心だってとっくに薄れてしまっている。なんて容易い。なんて、現金な。そんな思考すらももう、溶けて、溶け出して、甘い空気に呑まれていた。
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さくら様にリクエストいただきました。ありがとうございました!
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