「何をしているのです」
「あ、み、ミステルくん……!」
不機嫌さの滲んだ声にミノリがその大きな瞳をぱちぱちと瞬かせる。その向こうで何とも言えない表情を浮かべている男を見てミステルは静かに、けれど激しく、まるでじりりと焼けるような真っ黒なそれを自らの内に感じた。
二人して何か言いたげな様子。何を言い淀んでいるのかはわからないが、隠し事はあまり気持ちの良いものではない。相手が、親しい、またそれ以上の間柄の存在であれば、なおのこと。
「……何をしているのか、聞いているのですが?」
「えっ、ああ、あの……。な、なんでも、ないよ」
ねえ。と彼女の視線が男へ向く。面白くない。非常に。
納得など決してしていないけれど、ふうんと喉を鳴らすように言ってミステルは二人を交互に見る。じいっと。敢えてそれ以上の言葉は言わないままそうしていると、どうやら居た堪れなくなったらしく、その目線を落ち着きなく漂わせているミノリが口を開く。
「ええっと、その。あの、……」
「…………わかりました。どうやらあまり詮索されたくないようですし、ボクはこれで失礼します。後はどうぞ、ご勝手に」
くるりと二人に背を向け、そのまますたすたと歩き出した。ミステルくん、と名前を呼ばれたけれど、それすら無視して。
心が狭いのだろうか。いいや、元より自分はこんな感じだ。それが嫌だと思うのなら、離れていけばいいだけ。それだけ。……それだけのはずなのに、もし彼女が自分から離れていったとしたら。考えるだけでまたあの、胸の奥が焼けるような感覚。焦げ付くようなそれは不快以外の何物でもなくて、ミステルは顔を歪めた。ボク、らしくもない。あんな風に冷静さの欠片もなく言葉を連ねて、突き放すような態度を取って。それなのに、そんな風に。
「み、ミステルくん……っ!」
荒い呼吸混じりの声でまた名前を呼ばれた。走ってきたらしい彼女の、その声がほんの僅かに震えているような気がして、思わずミステルは立ち止まってしまった。それでも意地を張って、振り返りはしない。あまりにも子供染みている行為、だとは、思うけれど。
「あの、ごめんね。まさかそんなに怒るなんて……その、思わなくて」
「いいえ。寧ろ、楽しい一時に水を差すような真似をしてしまったのはこちらでしょう」
「そ、そうじゃないよ! あれは……あれは、ね」
「何ですか。言いたいことがあるのでしたらはっきりと仰って下さい」
強めにそう告げると、ミノリはすっかり黙り込んでしまった。言い過ぎているという自覚はあるのに、どうして、止めることが出来ない。背を向けてしまっていて彼女の表情は見えないけれど、いつものあの、陽だまりのような笑顔でないことは確かだ。自分が、そうさせてしまっている。心臓に針を打ち込まれたようにそこが痛む。自業自得、だろう。けれど、それでも。やはり心の奥では、知りたがっている。事実、それをきっと、彼女の言葉で。
「……言えませんか、ボクには」
振り返る。言葉を紡ぎ出す声が、みっともなく震えている。きっと今酷い顔をしていることだろう。顔を上げたミノリと目が合って、瞬間、見つめ合う。すると彼女は首を大きく、勢いよく、横に振った。それは精一杯の否定。
「ちが、あの、えっと、あれ、だからね」
「……ああ、もう、わかりました。わかりましたから少し落ち着いてください。別に急かしてはいませんから」
うう。一度だけ唸るように喉を鳴らしたミノリは、呼吸を整えてから、話し始める。彼と話していたこと。考えていたこと。全て、余すところなく、吐露する。いいえ、この場合は白状、になるのだろうか。
「プレゼント? ボクに?」
「そうだよ。いつもお世話になってるし……何かしようって思って、だけど男の人って何をもらったら嬉しいのかわからなくて」
「それで調査をしていた、ということですか」
「すぐにそう言えば良かったのだけど……びっくりさせたかったから、秘密にしたかったの。ごめんなさい」
結局、全てを要約をすれば、ミステルの早とちり、だった。
勝手に思い込んで、誤解して、怒って。そうして、改めて思い知った。余裕のない行動、言動。彼女のこととなるとこうも呆気なく、自分を見失ってしまうこと。
本当、情けないものだ。心の中で自嘲気味にそう吐き捨てると、ミステルはしゃんと姿勢を正した。そうして、言葉を発するとともに、頭を垂れる。
「……いえ、謝らなくてはならないのはボクの方です。すみませんでした。見苦しいところをお見せしてしまって」
「そんなこと!」
「ですが」
「は、はいっ」
ミステルが言葉を遮ると、ミノリは大袈裟なほどに肩を震わせて姿勢を正す。素直に言葉を聞こうとするその様子は大変好ましい。真っ直ぐすぎて少し、眩しいほどだ。心の内に広がるその醜い感情が、罪悪感にじんと痛む。今はそれが、不愉快だった。
「そういったことは、とりあえず姉さんにでも相談してください。あの人ならボクの好みも熟知しているでしょう」
「あっ……そっか、そうだよね。うん、次からはそうするね」
「…………」
「ミステルくん?」
「あなたは、怒らないのですか」
ミノリがきょとんと首を傾ぐ。怒る。何故? 表情がそう問いかけてくる。その反応だけで答えなんて言葉にせずとも察することが出来る。なんだか居た堪れない気持ちになってしまい、ミステルは溜息混じりに言葉を紡ぐ。
「理不尽だとは思わないのですか? あなたはボクの為にと街中を駆け回っていたというのに、ボクはそれを身勝手な理由で良しとせず、挙句の果てにはあなたに酷いことを」
言ってしまったというのに。と続けるつもりが。ミステルはその瞳を見開いて、ミノリを真っ直ぐに見つめる。唇に触れているのは彼女の人差し指、その温もり。
言葉を遮るという役目を果たしたそれをゆっくりと下ろすと、ミノリは穏やかに微笑んだまま言う。
「確かに、わたしはミステルくんに喜んで欲しくてやってたことなんだけどね? でも、ミステルくんの言葉を聞いて、そっかって納得しちゃったんだよ。
もし逆の立場だったらわたしも怒ってたかもしれないし、拗ねていたかもしれない。理由がわからないままにのけ者みたいにされちゃったら、そりゃあ怒るよ。だからわたしの言葉選びも悪かったなあって」
ミステルくんはやきもち屋さんだしね。と冗談めいた声色で言って笑う彼女を見て、呆気に取られぽかんとしたままだったミステルは、その表情を崩した。よく、ご存知なようで。
「でもサプライズをやるなら、もっと上手に隠すべきだったねえ」
「……あなたに、そんな技量があります?」
「あっ、ひどーい!」
「嘘も上手に吐けないあなたのことです、途中でボロが出るに決まっています」
そんなこと、と反論しようとするミノリの口を素早く、けれど出来る限り優しく塞いだ。むぐ、とその唇から出掛かっていた言葉が、そのまま彼女の喉の奥へと消えていく音。
少しだけ離れて、驚いて固まったままのミノリを見つめる。徐々に赤くなる可愛らしいその頬に、思わず口許が緩んでしまう。
「ですが……そんな嘘を見抜く自信すら、今のボクにはありません。情けないほどに余裕がないんですよ」
「……め、珍しい、ね。ミステルくんがそんな風に弱音を吐くなんて」
「ミノリのせいです。ミノリ、だからです。こんなにも、臆病になってしまうのは」
もう一度口付けをする。誤魔化すように、けれどそれさえも隠すように甘く、甘く、キス。
「ですから、証拠をください。自信を持って、あなたがボクのものだと言えるほどの確固たる証を。どうか、その温もりを以って」
熱を帯びた瞳。きっとそれは、自身も同じこと。けれど気付かない振りをして、ただ今目の前に見えるそれを分かち合いたいと望む。とんだ欲張り。身勝手で、我儘。だけどどうか、許して欲しいと乞う。本当にどうしようもない。もがけばもがくほどみっともなくて情けない。……ああ、なるほどこれが。愛に溺れる、という感覚。
ロマンスの仕掛けなんて、所詮はそんなもの、だ。
決して美しくなどはない。硝子のような繊細さも、花のような優美さも。光に照らされて輝くものだけで出来ているはずがなかったのだ。知ってしまえば、なんて呆気ない。けれどそれでも形振り構っていられないほどに必死だなんて、随分と滑稽なものだ。
いっそただの喜劇だったら笑えていたというのに。ああ、もう心の底から笑ってやったというのに。悔しいけれど、それでもこれがラブロマンスである限り、男はもがき続けるしかないのだ。
これがただ一度の恋であると、その覚悟で身を投じると、決めたのだから。
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雪音様にリクエストいただきました。ありがとうございました!
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