彼女は透き通ったガラスのような、純粋な人だ。
どこまでもどこまでも綺麗に澄んでいて、触れることを躊躇ってしまうほど。
だって、そうだろう。このどろりとしたお世辞にも綺麗なんて言えない感情を孕んだ手で、触れることなんて。
……それこそとんだ綺麗事だ。
伸ばしかけた手を引っ込めて、もう片方で抑え込んだ。
なあ、本当は誰よりも触れたいと望んでいるくせに。あの透き通った純真さに触れて無闇に指紋をつけてしまうことが申し訳ないだなんて、そんなのは言い訳に過ぎないだろう。
彼女の綺麗なところを見ていると、自分がどうにも醜くて仕方がない。そんな自分が、彼女に知られてしまったら。嫌われるだろうか。
それがどうにも、怖いのだろう?
「ミノリはほんと元気だよなあ。そんなちっさい体であんなに仕事こなしてさ」
「へへー。おかげさまで、レーガくんのごはんがいつも美味しいよお」
「そりゃ何よりだ」
食べることに一生懸命なミノリは、気付かない内に頬にデザートのソースをつけてしまっていた。
本当に、あどけない。思わずくすりと笑うと、彼女はきょとんと首を傾げた。レーガが笑ったまま自分の頬を指すと、事態に気がついたのかミノリはさっと朱色が刷かれた頬を慌てて拭った。
「料理はどこにも行かないから、落ち着いて食べな」
「うう……でもほんと美味しい……。どうして、こんな風に作れるの?」
「それは秘密」
「だよねえ……」
「嘘。ミノリにだったら教えてやるよ」
途端にミノリは身を乗り出しそうな勢いでその目線を料理からレーガへと向ける。瞳の奥の方が期待にきらきらと輝いている。ああ、それ。その純真さ、本当に眩しい。
「オレ、実は魔法が使えるんだ。この手が料理に、美味しくなるようにと魔法をかける」
「……えっ? ほんとに!?」
魔法っぽいかな、と人差し指を立ててくるりと回して言う。
どんなに非現実的な言葉も、ちょっと真面目なトーンで言うと彼女はまず信じた。面白いやら、警戒心が薄くて心配やら。
少しからかって、冗談だよ。と言う。そのつもりだったけれど、その言葉は喉の奥で急ブレーキをかけたように止まった。
レーガが魔法のステッキのように回したその手は、いつの間にかミノリの両手に包まれていた。
「ま、魔法……魔法の手!!」
「……ミノ、リ? よく考えろ、冗談に、決まってるだろ……」
「えっ」
ぽかんと口を開けてぱちぱちと二度瞬きをした彼女は、そうかあ。と大人しく席に着いた。
解放された手を、レーガは一瞬、どうすれば良いのかがわからなかった。
ほのかに残った彼女の手の温もりが、思考を鈍らせる。触れたいと望んでいたそれは案外あっさりとしていて、拍子抜けしていたのかもしれない。
「……あ。もしかしてわたし、からかわれた……っ?」
「今気付いたのか……」
むう、と頬を膨らませて残りのデザートを頬張るミノリに気付かれないよう、レーガは手を台の下へと隠すようにそっと下ろした。
あんなに躊躇っていたのに、いざ触れてみたら呆気なかった、だなんて、言ってしまえばただの強がりだ。
離れていくあの手を自分からもう一度握ることなんて出来なかったし、大体こんな、自分だけが一方的に意識している、みたいな。格好悪いにも程がある。
それでも、無邪気に触れてきたあの温もりがどうにもこうにも愛おしくて、やっぱりもう一度、あれに触れたいと思ってしまうのだから、どうしようもないもんだ。
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -