ああ、その。
「ミステルくん、その。あのね。ちょっと、近い……」
頬を染めて目線を斜めに逸らし、唇をきゅっと結んだ、その表情。
その表情を、いつまでも見ていたくて。
「そうあなたが思うよう、意企していますから」
だから意地悪を仕掛ける、だなんて、そんな。なんと底の浅いことか。
壁際に追い詰めて、腕をついて、逃げ場を塞いで。互いの息遣いさえ感じ取れるような距離で、彼女の瞳を覗き込む。その透き通った色の先に、心の内さえも見えてしまいそう。
……本当に見えてしまえば、いいのだけど。生憎現実はそうもいかない。尤も、彼女の場合挙動を見ていればおおよその推測くらいなら立てられる。気もする。
あまりにも純真で真っ直ぐで文字通りそれは底抜けで。推測も何も、見て取れるそのまま。危なっかしいほどに。
「少し危機感を持ってみては如何です? いつか襲われますよ」
「こ、この状況でそんな……こと言う……?」
「ええ。現にあなたは今、襲われかけている」
ねえ。と微笑む。出来る限り、最大限に、わざとらしく。
そうするとミノリはううと唸って口を噤む。口舌で勝てないことを自覚しているらしいその姿は、やはり、愛らしい。
状況にすっかり参っている、その弱った姿がたまらなく好きだなんて、ああ、悪趣味なのかもしれない。彼女にそうさせているのが自分で、それを見ているのが自分だけで。
「そういうあなたを他の人に見せたくないという男心を、どうもまだわかっていただけていないようで?」
「わ、わかってるよ。何回も聞いたもん」
「それは、聞いただけ、です」
ぷい、と顔を背ける彼女の姿は、どこか幼い子供のよう。ミステルが野菜嫌いだと知って、野菜は美味しいよ! と人参を持って説得にきた時はどうしてくれようかと思ったが、こんなの。どっちが、とは言わないが、どっちもどっちだ。そもそもそんな風に罰の悪い顔をするくらいなら、最初からもっと危機感を持てば良いのに。
「わたしは、ミステルくんしか見てないのにぃ」
「あなたがそういうつもりでも、周りが皆そう、と納得するとは限らないでしょう」
「むう。お節介! ミステルくんのお節介焼きさん!」
ぽこぽこと胸元を叩くミノリにミステルは喉元まで出かかった溜息を飲み込んだ。
言葉自体はそういう意味だが、その言葉の奥底にあるのはそうではない。のに。やはりわかってはくれないのだろう。純真で愚直にして、最愛の人。
ミステルはやれやれと肩を竦める。持久戦が良いのならば、受けて立ちましょう。何年、何十年かけてだって。
「ミノリ」
「……」
「ミノリ、聞いてください」
わざとらしく両手で耳を塞ぐミノリの腕を、掴んで、引き剥がす。
「…………う。何」
「何度も言っているように、ボクはあなたを心配しているだけです。ですが、正直あなたが変わろうが変わるまいが、どちらでも構いません」
「じゃあ……どうして?」
「ちょっかいがかけやすいからですよ。忠告という名目を掲げてしまえば、合法的だと誤魔化せそうで」
にっこり。笑み。対称的にミノリの表情に焦りが浮かぶ。趣味悪い! との言葉も頂戴したが、事実なのだから、今更どうこう出来やしない。
「ボクがこういう男だと知って尚、好きでいるのは他でもないあなたですが?」
「そういうところが、趣味悪い」
「……さっきから黙っていれば随分人聞きの悪いことを言ってくれますね。せめて、ずるいと言ってください。転じてそれは、敗北宣言とも成り得ると思いませんか?」
「絶対言わない!」
少しからかいすぎだろうか。耳まで赤く染め上げてしまっている彼女を見て、僅かに思う。そろそろ止めておかないと、機嫌を損ねたまま明日、会いに来てくれなかったら。それはやはり寂しい。言いはしないけれど。しかしその必要があればまた話は別だけど。
優しくしようと思ってはみたものの、此方を睨みつけているつもりらしいミノリのその瞳を涙が薄く縁取っているのを見て、その存意は呆気なく霧散する。
「……」
「な、なに」
「いや。恥ずかしいのでしたら素直に顔を隠せば良いのにと思って」
「手を掴みっぱなしなのはミステルくんなのに!」
「ああ、そうでした」
これは失礼、と手を離す。とすぐに腰を引き寄せて、一気に距離を詰める。
適当に止めておくつもりが、つい、これだ。そうしているのは自分だから全てが全てミノリのせいにはしないけれど、ああ、果たして彼女は口付け程度で納得してくれるだろうか。足りない、あるいは逆効果だったならば。……まあ、それはそのときに対応しよう。全力で、そう、全力で。誠意の限りを尽くして。
また彼女とこうして、くだらなくも愛しいやりとりをして過ごせるように。
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