一緒に暮らしているのだから、お互いの仕事のスケジュールを伝え合うことは珍しくないことだった。例えば今日はここに行く、とか。数日家を空ける、とか。帰りが遅くなる、とか。そういった報告だ。
「そういえば、大きな仕事を打診されてな」
だから。だからそんなことを唐突に言われてもアインは、ああいつもの連絡か、なんて気にも留めずに自身の朝の支度を済ませようとするだろう。今日はトマトジュースでも持っていこうかな、なんて考えながら。
「へえ、そうなんだ。行ってらっしゃい」
「いや、思いのほか長期だから断ったが」
「え?」
「……え?」
声のした寝室の方を見ると、部屋の境目の辺りからブラッカがこちらを見ていた。
きょとん。ぱちくり。……じい。二人して目線を絡ませ合って、しばしの沈黙。
思っていた話と違ったものだから、アインは内心僅かに混乱していた。それに反応も想像していたものと違う。え、何か私おかしいことを言った?
「……、……アイン」
「ちょ、ちょっと待って考えるから」
何か言いたげにしているブラッカを制して思考を必死に走らせる。ああ、こんな時ディアンサスのように一瞬で答えがはじき出せる頭があればよかったのに。いや、多分こんなことに使うものではないのだけれど。
少し思考が横に反れてしまったが、主題に戻そう。ブラッカにとって傭兵の仕事は本業というか、彼のやるべきことというか。それだから、ここで暮らす上でもブラッカのやりたいようにやるべきだと思っている。それをわざわざ伝えてくれるのは一緒に暮らしているからだろうし、家を空けることに異を唱えるつもりはない。今は世界を救うほどの冒険もない。……そんなにほいほいあっても困るけど。
だから、私には行ってらっしゃい以外の返答なんてない。はず、なんだけど。まさか止めてほしいなんてこともないだろう。
「いや……まさか。まさか仕事、私を理由に断ったの?」
「………………」
再び無言の中に沈み込んでいった会話に、さすがに察し始めてしまう。えっ、本当に? 問いかけるようにブラッカを見上げると彼は上着の中に顔を隠すように軽く口元を埋めてこちらを睨んだ。次いで、額に鋭い痛みが走る。思わず息が止まって、それから額を指で弾かれたのだと気づく。
「やりたいようにやろうねって最初に話したのブラッカだったじゃん」
「だからだろうが。オレの今の雇用主はお前だ、最優先に考えるのは道理だろう」
「だとしても今は大変な冒険とかそんなにしてないし……他にも都合つけられる人いるだろうし」
「……いいか、アイン」
一瞬、ブラッカの目線が真剣みを帯びて僅かに怯んでしまう。口をつぐんだその隙を見計らったように目の前の傭兵は言い聞かせるようにゆっくりと、はっきりと、言葉を並べていく。
「オレは、お前の傭兵だ。どこかに行くならなるべく連れていけ。それが今のオレの仕事で、すべきことだ」
「そうなんだ」
「……そうだな、お前が何もわかってないことがわかったよ」
「ええ……」
はあ、と大げさなため息を眺めて、一体何なんだと首を傾げる。私はもしかして察する力というか、汲み取る能力というか、そういったものが足りていないのだろうか?
「何かするときはオレを頼れ。そうでないと、お前の傭兵でいる意味がない。オレは、お前の……」
「お前の?」
「……」
何かを言いかけて、ぴたりとその挙動を止めてしまったブラッカに言葉を促してみるも、その先が出てくることはなかった。ふい、と顔を背けて柔らかそうな髪の中に頬を埋めている。
そうやって言いかけられると、やはり少々気になってしまう。一体、彼は何を考えたのだろう。おおい、と目の前で手のひらを振ってみると、ぎこちない動きでこちらに視線を戻したブラッカから、再び一撃が飛んできた。
「痛い」
「うるさい」
「君の言うところの大事な雇用主なんだけど」
「大事なとは言ってないだろ」
「これだけ大事にしておいて今更どの口が……」
「もう一発くれてやろうか?」
「遠慮しまーす」
にやりと笑って言うと、ようやくブラッカも楽しそうにその表情を緩めた。……うん、うん。やっぱりこうでないと。何を言いかけたのかは結局聞けずじまいだったけれど、ブラッカが楽しそうにしていてくれるなら私はそれでいいのだ。
この続きはきっとまたいつか、一緒にいれば聞かせてくれるだろう。
「気分を変えてお茶でもしよっか。昨日作ったデザートもつけちゃお」
腕を少し強引に引く。バランスを取ろうとする反発はあれど、抵抗をほとんど感じないその様子に、なんとなくアインは実感する。口では傭兵と雇用主という関係を強調しているが、この人の挙動からはなんだかそれ以外の何かを感じられる気がするのだ。……察する力、あんまり自信ないから合ってるかはわからないけれど。
「付き合ってくれる? 傭兵さん」
「こんな依頼をされるための契約ではないんだがな」
「まあまあ、たまにはいいでしょ」
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -