欲を言えば、私はきっとブラッカに特別に思ってほしいのだ。
いつからそうなのかはわからないけれど、指輪のレシピを眺めている時に顔が思い浮かんだ時にはきっとそうだったのだと思う。大切な話がしたいと手紙を送る時の心臓のドキドキを今でも覚えている。
これを恋愛感情と呼んでいいものかは些か疑問があるけれど、特別にしてほしいという点においては最早否定のしようもない。住む世界が違うと言われても、正直、同じ空気を吸っている時点でそんな感覚はこちらにはこれっぽっちもないのだ。とはいえもちろん、彼とは感じるものも見ている場所も違うのだから、そんな気持ちがあの人にあることを認めてないわけではない。それはそうとした上で、私はあの人の隣に立ちたい、そう思っているのだ。
「おかえり、ブラッカ」
「…………。……ただいま」
世界中が眠りについてしまっていそうなほどに深い夜。僅かな足音すら立てずに家に戻ってきたブラッカにアインは出迎えの言葉をかける。たっぷりと瞬きの時間を設けてようやく絞り出された返答に心の内でしてやったりと笑う。
それもそうだ。今はもう、普段のアインなら眠っているはずの時間だ。まだ起きていたのか、と怪訝そうな視線が言葉よりも確かに語りかけてくる。
「別に何かあったとかそういうことはないんだけどね」
正直何度欠伸を噛み殺していたかもわからない。ただ、でも、なんとなく。理由はないのだけどブラッカが帰ってくるところを見たい、なんて思ったのだ。それだけでアインはこんな時間まで眠気覚ましのコーヒーを片手に起きていたのだった。
「そうだな。到底、眠れなかったようには見えない顔をしている」
「失礼な」
「どうせお前は朝早いんだろう。満足したならさっさと寝るべきだと思うが」
アインは、こんなくだらないやり取りが日常であることに仄かな幸福感を覚えていた。あまり愛想のないブラッカの言葉の裏に一定の柔らかさを感じる度、ああ、やっぱりあの時あの手紙を出してよかったと思いながら。
「ブラッカももう休むんでしょ?」
「ああ、明日も仕事がある。休息は取れる内に出来るだけ取っておきたい」
「よーし、じゃあ一緒に寝よう」
「は? いや、……いや、待てアイン」
「待ちませーん」
「おい、人の話を聞――引っ張るな!」
手を引いて寝室に誘導する。文句を言いつつも握った手を振り解こうとはしていないところににんまりと笑みが浮かぶ。そうして二つのベッドの間に立つとアインは手をパッと放した。すとんと自分のベッドに腰を下ろすとブラッカの顔を見上げる。
「おつかれさま。おやすみ!」
「まったく……本当にお前は能天気すぎて気が知れないな」
そう言って少しだけ笑うブラッカにようやく満足感を覚えて、アインはころりと布団に転がった。眠いからか、心がいつもよりも大きく浮ついている気がした。
ブラッカがベッドに横になる僅かな衣擦れの音ですら、今はアインを笑顔にする。
「明日も帰りは遅くなる?」
「いや、恐らくだが明日は夕方には終わるはずだ」
「ん、そっか」
じゃあ、明日は家でご飯を食べようかな。そんなことを考えながら眠りにつく日々が今は楽しくてしょうがない。明日も明後日も、この人が自分のパートナーになることを選んでくれた日からずっと、そんな日常は続いていくのだ。
それが途方もなく嬉しくて。そして少し欲張りな心は、この特別を相手にもわかっていてほしい、なんて密やかに祈っていたのだった。
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