同性の自分から見ても、深琴さんは綺麗だと思う。女性らしいというか、そういった魅力が彼女にはある。歳が上で大人びて見えるところもあるのだろうが、自分が今のまま年齢を重ねていったとしてもああはなれないだろう。七海は、彼女の努力を尊敬していた。
「ねえ、七海。あなたもたまには少しお洒落をしてみるのはどうかしら」
「……私が?」
「せっかくかわいいのだから。勿体ないじゃない」
「かわいい……」
馴染みのない言葉はどこかくすぐったく、背中の辺りがもぞりとしたような、不思議な感覚だった。かわいい、というのは一般的(多くは知らないが)に言えば、こはるさんのような女子こそを表す言葉ではないだろうか。
そわそわと落ち着かない気持ちを抱える七海を他所に、深琴は小さな髪飾りを取り出し始めた。小花をモチーフにした淡い色の髪飾りだった。かわいい、と、思う。扱う手元をじいっと見つめる七海にそれを添えた深琴はほんの一呼吸分ほど見つめて、うん、と頷いた。彼女の口元はどこか楽しげに弧を描き、それから「これなら七海の髪色にも似合うと思うわ。」と言って、手際よく七海の髪に飾り付けていく。
「貸してあげる。それなら今日の作業の邪魔にもならないでしょう?」
「……うん」
「さ、そろそろ朝食の時間よ。行きましょ」
さっさっ、と自分の身だしなみを整えた深琴が先に部屋を後にする。一人きりになった相部屋の中、七海は置かれている鏡の中の自分と目を合わせた。いつもと同じ顔、けれどいつもと違う。……かわいい、のだろうか。よくわからなかった。でも。なんだか少しだけ、心が明るくなったような気がした。
「あ。おはよう七海ちゃん」
「加賀美さん……と」
食堂へと向かう途中、ちょうど加賀美さんと出会い挨拶を交わす。そこまでは普段と大差ないこと。しかし今日はそこで終わらなかったのだ。自然と七海の視線は一月の肩のその向こうへと吸い込まれていく。朝の澄んだ空気、光景にあまりにも馴染みのない、サングラス。
「やあ。おはよう」
「…………」
「あれ、どうしたの。オレの顔、何かついてる? 変?」
「いやあ……顔というか、なんというか。存在そのものへの違和感でしょ」
七海への同情めいた声色で一月が言う。そこには、ロンがいた。いつも好き勝手しては周囲の手を煩わせる問題の権化のような存在がなんと時間通りに食堂に向かおうとしているのだ。七海は彼とペアを組んでしばらく経つが、そんなこと今までなかった。どういう風の吹き回しだ。自然と眉間に皺が寄るのを感じた。
「時間通りに食事しちゃだめなんてことないでしょ?」
「普通は時間通りにしか食事しない」
「そっかあ。まあ、どうでもいいんだけど」
どうでもいいことはないのだが。どうせ言っても無駄なのだろうと思い、七海は口を噤んだ。朝から余計な労力を使いたくはない。そんなことよりご飯のことを考えていた方がよほど有意義だ。ああ、今日はなんだろう。楽しみだ。
なんて無理やり思考の中から違和感を追い出している七海のすぐ隣。あれ。なんて声が降ってきて、七海は一月の方を見上げた。どうしたのかと問うてみると、彼は自分の頭を人差し指でちょいちょいと指して、にっこりと笑う。
「今日、いつもと違うね」
「……ああ。深琴さんにしてもらったの」
「お嬢さんに? なるほどねえ……うん、かわいい、かわいい」
軽薄そうな口ぶりであったが、この友人の言葉にからかいや嘘がないことはわかる。褒めてくれているのだろう。やはり、かわいいという表現にはくすぐったさを覚えるが、それでも少し嬉しくなって、小さくありがとう。と伝えた。
「…………」
ふと。視線を感じて後ろを振り返る。二人の少しあとをついてきていたロンが、じっと七海を見ていた。サングラス越しに目線が合う。どうかしたのだろうか……その疑問が発せられる前に、ロンは一言。
「……変わったとこ、かあ。オレにはわかんないなあ」
む。と視線を鋭く突き刺して、七海は抗議した。が、それも一瞬のことで、この人の記憶力のなさは今に始まったことではないのだと冷静になる。短く「そう。」とだけ返して再び前を向いた七海とは対照的に一月は「ええ……。」と不満そうに声を漏らした。
「ちょっとロンさんってば、さすがにそれは七海ちゃんに失礼じゃない」
「別に気にしてない。……もう行こう。遅くなると宿吏さんが怒る」
期待した訳じゃない。そんなことはない。だって相手はあの室星さんだ。期待する方が間違っている。
それでもなんだか少し、まるで冷や水でもかけられたような、なんだろうこの気持ちは。深琴さんにしてもらったことが、一月さんに褒めてもらったことが、嬉しかったからだろうか。心が浮ついていたのかもしれない。そう、なのだと思う。でなければ少し気分が沈んだ、だなんて。そんなこと。
まだ何か二人が話している声が聞こえたが、それを聞かずに七海は一人で歩みを速めた。やっぱり、ご飯のことを考えている方が、いい。
「……ロンさん」
「くく……ねえ、キミも見た? あの目」
おかしそうに喉を鳴らす男へ、一月は大層なものを見るような呆れた視線を送る。
全くあの子が不憫だ。こんな男の何に惹かれるのか、今のこの様子を眺めている一月には全くわからなかったが、ただ一つ言えるのは、隣にいるこの男が現在大変楽しそうであるということだった。
「さすがにわかるでしょ、七海ちゃん」
「うん。かわいかったと思うよ」
「ならそう言ってあげればいいのに」
心底そう思って言ったのだが、ロンはそれに対してえー、と言葉を濁す。えー。はこっちのセリフだ。からかいたい気持ちというのは一月にも覚えがあるが、生憎と気持ちは七海の味方だ。先に行ってしまった彼女のことを考えるとやはり、素直に言えばいいのにと思ってしまう。
けれど、そんなもの、と一蹴するかのようにロンは言うのだ。「だって。」と。
「あの顔好きなんだよね。オレ。感情が揺れてる顔。そしてそれを振り払おうとするところ」
「……程々にしてあげてよね。ホントに」
全く、ため息が出そうなほど意地が悪いことだ。 ……ああ、お兄さんは心配だ。この旅には終わりが来るものだと思うが、それでも心配せざるを得ない。自分も大概だが、この人も相当だ。
けらけらとした軽々しい笑顔をわざとらしくじとりと見つめて、それから一月は首を振った。あまり口出しするのも良くはないのだろう。彼女にしか見えてない世界だって、あるのだろうから。
「ほーら、そろそろ俺たちも行かないと」
「はいはい」
「褒められた時の顔は、なんか気にくわなかったんだよねえ……」
「? ロンさん、今なんか言った?」
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