くつくつ、と。背から聞こえる声が七海はどうにも気に入らなかった。
顔をくしゃりと顰めて、不機嫌だと主張するように口を開く。何なの、と。その問いに意味はない。返事など最初から期待していない。どうせそれに中身などないのだから、聞いたってしようがないことなのだ。
いわばそれは感情表現。不愉快だ、あなたの態度が気に入らない。ただそれだけを伝えるための言葉。突き放すような、まるで個人へ向けて投げたクナイのような。それでもそれに対して、投げられた本人は笑みを浮かべているのだ。背を向けているのだから見えはしないが、それでも目に浮かんでくるようだ。気に入らない、あの胡散臭い笑顔。
「…………」
「機嫌、悪そうだね?」
「誰のせいだと思ってるの」
「オレじゃないの?」
「……」
思わず振り返って袖の下に隠したクナイを握る手に力を込める。ぐ、と睨みつけるように目線を向けると、相変わらずサングラスの向こう側の瞳からは薄っぺらい笑みのようなものが見えた。
この人と話していると、すぐこれだ。へらへらと笑って、適当なこと言って。わざとらしく煽り反応を観察しているような室星ロンのその態度は、七海の神経をざらりと撫でて、棘つかせてばかりいた。
――ああ、苛々する。関わるとろくなことがない。
だというのにこの人は、この場所に置いては自分のパートナー、所謂バディだ。集団生活なのだから決められたことは守らねばならない。しかしそれ以外、この人とパートナーを組むと決めたのは自分自身で、それを解消するかどうかを考えたときにそうしないことを決めたのも自分自身であったから。今更違えることは負けたようで癪であった。……意地だ。耐えきれないほどに湧き上がる感情があったとしても、そうした意地で律してきた。野放しにするべきでない、この人は自分が見張ってなくてはいけない。放っておいてはならない。
「あなたとの話は埒が明かない。それと、私はあなたの世話係じゃない。自分の仕事くらいはちゃんとして」
「はいはい」
「……」
「そう睨まないでよ。覚えてたらやるから」
「それ、やらないって言っているようなもの」
立ち上がる素振りすら見せない。この人に何を求めても無駄だと思っているが、それでも脱力感とそれに伴う疲労感はため息となって七海の口から溢れ出た。
「……もう、用件は伝えたから」
「いつもいつも、律儀だねえ。放っておいた方がキミも楽でしょ」
「放っておいてほしいの?」
「そうして、って言ったらキミはそうする?」
「するわけない」
「だよね」
まただ。喉を鳴らすように笑って。からかっているのか、適当なこと言ってるだけなのか、その真意に興味はないが何であったとしても関係なくその一切が面白くない。
この人の言うことなんて聞いてやらない。絶対に、絶対にだ。たとえそれで多少面倒があったとしてもだ。言いなりになること、それ以下なんてない。
食事の時間だから、と七海は一方的に話を切った。繋がっている話などあったかはわからないが、背を向けて食堂へ向けて歩き出す。早く行こう、無駄にエネルギーを消費してしまった気がする。
離れたがる気持ちが見て取れる早足を静かに見送って、七海のいなくなったその場所でロンは再び笑った。彼女が見たら、また顔を顰めるだろう。想像して、すぐに思い浮かぶのが可笑しかった。それほど容易い想像であった。
あんなに必死になって反発しようとして、その様子の面白いこと。自分にはないものだ。少し追いかければ逃げていく。距離を少し置いて、警戒の視線を寄越す。そんなだから、追い詰めてやりたい気持ちになるのだろう。次は、何を見られるだろう。
これは好奇心などではない。もっと純粋で、悪意のない欲求。
向けられた方はたまったもんじゃないだろうね。けれどそんなこと、室星ロンという男には、どうでもよかったのだ。
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