夏が終わりを告げ、日に日に秋は深まる。制服も長袖になり、夜の訪れももうずいぶんと早くなっていた。先ほどまで月宿を濡らしていた雨はだいぶ弱まっており、外を歩く生徒たちの手には閉じた傘が揺れている。
雨に打たれながら歩けばさすがに肌寒い。そう思うと下校時刻までに止んでくれたのは幸いなことだろう。それでも少女、菅野風羽にとっては、雨が止むというのはほんの少し惜しいことであった。理由は細かく分類すれば色々あるが、最たるものはというとやはり雨とは縁が深いから、だろうか。雫の跳ねる音、湿気の匂い、それらを感じると自然と脳裏に浮かぶ人がいる。
――窓ガラスを水滴がしたたり落ちていく。その軌跡に指先を這わせて、風羽は暇を持て余していた。本当は、探せば色々と時間を使えるのだろうが、そうするより早く足は浮きあがっていた。
約束をしたのだ。今朝。放課後を共に過ごそう、と。
「……菅野さん!」
「おお、広瀬くん。お待ちしておりました」
「待たせてごめんね、もう少し早く終わらせるつもりだったんだけど」
申し訳なさそうに眉を下げる広瀬が隣に並んだのを確認して、風羽は笑みを携える。待ち合わせに遅れる旨は、既に彼と同じクラスの空閑くんから聞き及んでいる。学級委員の仕事で先生と話があるから少し待たせてしまう、と。
「広瀬くんは頼りになりますから」
「ええ、学級委員なんて単に使い勝手がいいだけだよ。やろうと思えば誰にだってできることばっかり」
「そうですか? 私は広瀬くんだから出来ることも多いと感じますが」
「それは……買いかぶりすぎじゃない?」
はは、と薄く笑う広瀬は決して風羽の言葉を受け止めているような様子ではない。らしいと言えばらしい反応だ。自分の能力に対し、傲慢なほどに謙虚。厄介なのはその自覚があり、人前では謙虚さですら抑制ができるところだ。それでも、風羽の前では抑える意識が低いのか、素直に悪態をつく姿も見せる。そういうところを見ると、彼からの信頼を感じて嬉しかった。……内緒だが。
「あ、外。雨もう上がってるね」
「本当ですね。……やはり少し残念です」
「えっ、なんで。俺ももう、前みたいに雨垂れ流したりしてないでしょ」
「垂れ流すほどの降雨は困ります」
「俺だってやだよ……ってそうじゃなくて」
体質の改善が進んでか、はたまた感情に整理がついたのか――定かではないが、初夏の頃に比べ雨を降らせる回数は確かに減っていた。前者なら特に喜ばしいことだ。彼が物理的に生きていられない未来が薄れるのだ、とても好ましいことと言えよう。
「私、雨は好きなのです。広瀬くんを感じます」
「……ぐ。君、よくそんな恥ずかしいことさらっと言えるね?」
「む。恥ずかしかったですか」
「すごくね」
「それは面目ない」
いいよ、別に。そっぽ向いて淡々とした言葉を寄越す広瀬であったが、その横顔を見ると頬がほんのりと赤いのが見て取れた。照れている。罰が悪そうに唇を結ぶ広瀬と対照的に、風羽は柔らかく笑んだ。
おもむろに――ひゅ、と、校舎の中にも拘わらず、まるで話題をさらうかのように風が駆ける。どこかの窓が開いているのだろうか。
「……もう秋ですね」
「そうだね」
「そういえば、冬になればあなたの雨はどうなるのでしょう。雪になりますか?」
「え……うーん、どうなんだろう」
「雪を降らせる広瀬くん……雪男ですね」
「なんかそれ、あんまり嬉しくない」
冬になるのが楽しみですね。白い息を弾ませて、手を繋いで、二人で過ごすのだ。……想像しただけで心がおどるような気分。
しばしの沈黙を置き広瀬は、ん、と応える。喉を鳴らすような小さく曖昧な返事だが、風羽はそれを聞き逃しはしなかった。広瀬優希という人は意地っ張りなところがあり、照れや恥じらいなどを自分の弱みとしてひた隠しにしようとするし、本来そう出来てしまう器量の主なのだろうと思う。しかしそれでもこうして自らの意思をもって応えてくれるのだ、それが嬉しくないはずなどない。
どこか満足そうな彼女を見てか、広瀬は観念したように一つ息を吐き、そして思案するように少し上を向いた。
「…………君と過ごす日か。どんな天気になるだろうね」
それからそれ以上の言葉はなく、代わりにどちらからともなく手を重ねた。ひんやりとした空気の中でそこがじんと熱を帯びる。
外を見ると、もう雨は降っていない。けれど不思議なことに、広瀬の表情を見ているとどこかで、あの雨の音がしている気がしたのだ。
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