雨は嫌いだった。
じめじめと鬱陶しいところとか、都合が悪くなる絶妙なタイミングで降ってくるところとか。まるで自分自身を鏡に映されたような気持ちになって。ああ、今降るのか。なんて、そういう雨が降った時には大抵ろくなことがなかった。だからずっと、嫌いだった。
「雨です、広瀬くん」
「……」
「雨です」
「わかってるよ、二回言わなくてもわかるよ。というかそっちこそ、君のせいだってわかってる?」
あの日から。雨とはより縁が深まったと思う。自分が嬉しいと感じる度、辺り一帯で雨が降る。
降るだけならばまだ、まだ鬱陶しいなと思う程度で済むのだが、条件が条件で。しかもそれを、彼女、菅野さんはしっかりと把握している。今もこうして、じいっと、こちらを見ている。
観念したように広瀬が視線を合わせてやると、風羽は顔を綻ばせるかのように目を細めた。笑ってる。それが悔しいような、嬉しいような、複雑な気持ちで広瀬も表情を緩ませた。それは、降参とも取れる所作だったことだろう。
「ほんと、こうもあっさり降られたら俺も立つ瀬がないんだけどな」
少しくらい照れ隠しや見栄くらい張らせてくれてもいいだろうに。
そんな隙も与えられぬまま雨は降る。しとしとと、時にざあざあと。臆することもなく正直に、感情を吐露する。
「私は素直でかわいらしいと思いますが」
「そこが問題なんだよ?」
「……む」
そしてこの行き場のない気恥ずかしさを、どうにもいまひとつ、わかってもらえないのだ。思わず口をついた悪態染みた言葉も、彼女には届いていないようで。きょとんとした表情を返されてしまった。菅野さんのことだ、きっとそうだろうとは思っていたのだが、それでも軽く、ため息を吐くような脱力感を覚える。
あまり安易だとか簡単だとか、そういう風に思われたくはないのだけどなあ。けれど事実として、彼女絡みとなると簡単に喜んでしまう自分がいる。それがどうしても認めがたくて、悔しいのだった。参ったものだ。
どうしたものかと考えていると、不意に名前を呼ばれる。広瀬くん。見ると、それを合図に彼女が真っすぐな目で語り始める。
「私は嬉しいのです」
「?」
「こうして広瀬くんの感情を知ることが出来て。いえ、直接教えて頂けるならこれ以上はないと思いますが、それ以外でもこうして共に過ごして、日々貴方を知る。私は今も、こうして現在の貴方を知ることが出来ている。そのことが嬉しくて仕方ありません」
あまりにも堂々と、そんなことを言ってのけた。さぁっと音を立てて雨が降る。降り続けている。
そうまで言われると、この駄々洩れていく感情をどう取り繕って虚勢を張ろうかなんてこと、考えられなくなる。あんまりだ。卑怯と言っていい。……それでも、嬉しいと言って微笑む彼女を見ていると、ちっぽけな見栄なんて簡単に捨て去ってしまえるのだ。
「……俺、雨、好きじゃないけどさ」
「はい」
「君と見る雨は別に、嫌じゃないよ」
「……はい」
顔を見合わせて、二人して笑う。満たされていく気持ちは、幸せというのだろう。
雨はまだ降り続いていて、今も窓を叩いている。広瀬にとってこの雨は今も、自分を映す鏡だ。まだ、好きと言い切ることは出来ない。……それでも。それでも、彼女と降らせた雨ならば。少しくらい、いいか。そう思うのだ。
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