*未来捏造、寧々がワンダショメンバーとは別の劇団に所属している設定
初公演が終わった日の夜。少しだけ惚けた状態で自室の明かりをつける。まだライトが目の奥で輝いているような気持ちでいたけれど、見慣れた部屋を見るとほっとする。ようやく気が抜けていくようだった。
「ん?」
とん、とん。不意に、音が聞こえた。聞き間違いだろうかと思っていると、それはもう一度。とん、とん。どうやら窓の方から。
そういうことをする人物には心当たりがあった。というか一人しかいない。脳裏に浮かぶその人に仕方ないなと笑いながら、カーテンを開き窓を開けた。
「……類?」
隣の家に呼びかける。いや、よく考えたらこの高さ、距離で今どうして窓を叩く音がしたんだろう。不思議に思っていると耳馴染みのある駆動音がした。あ、と思うより早く『それ』は目の前に現れる。
「ぬいぐるみ……?」
小さなくまのぬいぐるみがその手にいっぱいの花束を抱えて飛んでいる。ドローンで。
──なんだか、らしい演出だ、と思った。思わずふふ、と声をこぼす。
ドローンは迷うことなくまっすぐ、けれどゆっくりと寧々の部屋の机に降り立つと動きを止める。そんな様子を見送りながら、寧々はすぐさま類に電話をかけた。
「……もしもし」
「やあ。今日はお疲れ様」
「なんか気が早くない? まだ初日を終えただけだし」
「そうだけど。寧々にとってはそこでの初めての舞台だろう?」
見ていたよ、客席から。類にそんな風に優しい声で言われると、少しむず痒い気持ちにさせられる。両親に感想を聞いた時にも散々感じていたはずだけど、多分この先もしばらくはこの感情に慣れることはないのかもしれない。
「といっても、本当にちょっとした役だけどね」
「そうかい? 新人ながら、歌で少しでも見せ場をもらえるのは寧々の能力あってのことだと思うけれど」
その後もよく回る舌で類は公演の感想を述べる。このシーンの演出が、とか、この機材の使い方が、とか。着目点は昔から一貫していて、何度も似たような話をされた記憶があるけれど自分の出ているステージ上のことだと思うと少しだけ新鮮だった。
草薙寧々がいるステージ。……そして神代類のいないステージ。学生の頃はあまり想像のつかないものだったけれど。
「演出面で学ぶ点は多かったよ。やはり劇団が変われば演出も変わるし、見ていて僕もいい刺激をもらえた」
「そ。……類が作る次のステージも楽しみにしてるから」
「ああ。僕の手の内を知り尽くした寧々でさえも驚くような演出を用意しておくよ」「単に付き合いが長いだけで、類の突拍子もないアイデアを知り尽くした覚えなんてないけど」
類が笑う。つられて、寧々も笑った。この幼馴染はいつになっても、少しだけ久しぶりの連絡でも、まるで毎日喋っているかのような気兼ねのなさで話してくれる。そんな距離感が心地よかった。
「ああ、そういえば」
「?」
「寧々が一人で歌うシーンがあっただろう。あそこで僕は、もう少し周りをシンプルに抑えた方が歌が映えると思ったんだ」
「類から見て、演出過多だったってこと?」
「いや。全体を通してみればあれくらいが無難だろう。ただ、寧々の歌を最大限に見せるなら、の話さ」
寧々の声質が、声量が、歌い方の癖が。こんこんと流れていく解説をぽかんとしながら聞く。分析といっていいほどに詳しいそれは随分と熱がこもっていて、所々寧々の耳をすり抜けていくけれど、楽しそうな類の様子だけは電話越しにも容易に想像ができた。
「というわけで、僕はこの演出が寧々には似合うと思うのだけど」
「……そんなことを言う演出家、類だけだよ」
「それは残念だ。どうやら世界はまだ、寧々の魅力を知らないらしい」
やけに仰々しい言葉選びだ。なにそれ、と返すと類は先ほどまでとは打って変わってそれ以上は何も語ることはなく。ただ喉を鳴らして深く笑うだけだった。
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