翌朝。ゴロベエさんの呼び声で部屋を後にした私達は、昨日街中で水芸を披露していた一座の元へと案内された。何をするのかと問う前に、そこに居た女性の内二人に両側からしっかりと腕を掴まれ、私一人だけその部屋から連れ出されてしまう。
 
「え、えっ!?な、何がどうなって…っ」
「女の子が男の前でおめかしする訳にも行かないでしょ?貴女はこっちこっち」
 
何の事だかさっぱり解らないまま、私は別の部屋と連れていかれた。
 
 
 
「やめてけろおおぉぉ!」
 
リキチの悲痛な叫び声が響く。それでもリキチを取り囲む女の手は止まる事無く、ジョリジョリとカミソリですね毛を剃っていく。
 
「なすておらぁ、すね毛剃られなきゃなんねんだぁ!」
「照れちゃって、満更でもない癖に」
「はぁ!?」
「ほーら、気持ち良いでしょ?つーるつるで」
「こいつら…ッ!」
 
必死の抗議にも耳を貸さない女達に、耐えかねたリキチがゴロベエ達に助けを求めた。が、
 
「うるさいわねぇ!奴らに見つかっちゃうでしょぉ!」
 
振り返り声を上げたゴロベエは、自身の顔に白粉を叩き付けていた。話し方も、何故か女口調である。思わずたじろぐリキチを余所に、隣に居るヘイハチに向かって言う。
 
「どぉだ、中々にべっぴんだろぉ」
「いやいや、ホホエミノスケには敵いませんって」
 
それに振り向いたヘイハチも、ゴロベエ同様化粧をしている最中だった。
 
「もうお終いだぁ、二人とも壊れちまっただぁ」
 
そんな泣き声を上げるリキチを適当に宥めながら、女達はリキチの着物を無理矢理着替えさせて行く。そうこうした結果。リキチの頭には元の髪色と同色のカツラが乗せられ、奇妙な形に整えられたそれに青と赤の手ぬぐいがまるでリボンの様に結われ、着物は紺色を基調とした女物、露わになった肩や前で結ばれた帯の様子はさながら花魁のよう。ゴロベエはと言えば、顔の半分を覆う様に垂らした金髪の長いカツラに、全体的に赤を基調とした着物、真っ赤な紅が特徴的な濃い化粧はさながら姐御風と言ったところだろうか。その中でも一際異色を放つのは、ヘイハチである。癖のある長い紫色のカツラに、白いブラウス赤いリボン、ピンクのスカートという風に何故か一人洋風スタイル。とにもかくにも共通しているのは、三人が三人とも、女装をしているという事だった。
 
「おらぁこげな生き恥晒したのは産まっちこんかた初めてだぁ」
「なかなかお似合いだぞ」
「おみ足もつるつるっとなー」
 
三人がそんな事を話していた所で、先程別の部屋へとナマエを連れて行った女の一人が戻って来る。
 
「さぁ、出来たよーっ。見て見て、もう自信作なんだから」
 
女の言葉に続いて扉の向こうから現れた人物を見て、三人は暫し言葉を失った。ブロンドのショートヘアーに、紫を基調としたゴシック調のフォーマルスタイルは、さながら英国貴族のお坊ちゃんといったところ。ショートパンツにハイソックス、ブーツという組み合わせが、ナマエの容姿と相俟ってあどけない少年のような雰囲気を醸し出していた。
 
「これは…」
「いやはや何とも」
 
ゴロベエとヘイハチはまじまじとその姿を眺めながら、何とも言えない声を漏らす。ナマエは所在なさげに視線を彷徨わせ、やっぱり変なのだと近くの女に言う。彼女を着換えさせた女は「そんな事ないって、凄く似合ってるもの」と満足気に頷くも、ナマエは未だ何も言って来ない三人を不安気にちらちらと見やった。やがて漸く、ゴロベエが口を開く。
 
「失礼、あまりに似合っておったので、思わず言葉を失ってしまったわ」
「化粧と服だけで、こんなに変わっちまうんだなぁ…」
 
これにはリキチも心底感服したように、何度も吐息を漏らしていた。「ただ…」と、それまで黙っていたヘイハチが言う。
 
「これでは別の意味で目立ってしまいそうですね」
 
その言葉に、ゴロベエとリキチは深く頷いた。結局、渋る女達に頼み込んだ末にナマエは再び着替えさせられ、英国貴族のお坊ちゃんから外国の少年風貌に落ち着いたのだった。

 
 
 
「頑張りなよー!」
「また来なよー!」
 
色々と面倒を見てくれた一座の人達に見送られ、私達は再び村へと向かって歩き始めた。荷物の殆どはリキチさんの引く荷車に収められている。この格好のまま刀を持ち歩く訳にも行かず、唐紅も今はそこに収められていた。すぐ近くにあるとはいえ、心身共に支えとして来たものが手元から無くなってしまい、言い知れぬ不安が胸の内を漂う。それはサムライ狩りに巻き込まれ、唐紅を奪われた時に感じたのと似た感覚だった。そして、暫く崖沿いの道を行った頃の事。
 
「ゴロベエ殿、あれを」
 
そう言ってヘイハチさんが指差す方を見やると、空へと向かい黒煙が立ち上っていた。それは私達が向かう方角でもある。
 
「何かあったんでしょうか…」
「なに、行ってみれば解る」
 
私の不安げな問い掛けにも、ゴロベエさんは平然と答える。やがて私達は煙の麓へと辿り着く。そこは、焼け落ちた村の跡だった。焦げ臭い臭いが辺りに立ち込めている。その中には、微かに肉の焼けた様な臭いも混ざっていた。吐き気を催しそうになるのを堪え、私は口元へと手を当てる。
 
「酷い…」
「野伏せりだ、あいつら村ぶっ壊したに違ぇねぇ」
「まだこんな近くにおったとは」
「物騒だな…」
 
リキチさんが怒気を押し殺す様な声を漏らし、ゴロベエさんが辺りを注意深く探る。慎重に歩を進めながら、ヘイハチさんが最後にそう呟いた時だった。静かに、だが確かに、後ろからヒィィンという機械音が聞こえて来たのと、
 
「その方等、そこで何をしている」
 
無機質な声が私達に問い掛けて来たのは、ほぼ同時だった。息を飲んで全員が立ち止まる。振り返らずとも、そこに何が居るのかは明らかだった。間を置いてゆっくりと振り向く。二機の鋼筒が、私達を見下ろしていた。リキチさんが思わずその場にへたり込んでしまう。しかしゴロベエさんはそれを気にも留めぬまま、何故かくねっと身を捩りながら笑顔を浮かべた。
 
「あらまぁ野伏せり様、お勤め御苦労さまぁ。あーんもう、近くで見ると素敵ぃ」
 
一瞬何事だろうかと呆気にとられてしまったが、すぐにそれが今の変装に合わせた演技であると気付く。ヘイハチさんも成程、と小さく手を打って、ゴロベエさんの調子に合わせ始めた。
 
「あらぁ、本当に逞しい。なんて分厚い胸板、惚れちゃいそー」
「何だ、イロモノか」
 
思惑通り、野伏せりはそれに騙されたらしく、呆れ交じりの声を漏らす。
 
「やぁん、イロモノだなんて」
「ウチらは、陽気な旅の一座ぁ」
 
ヘイハチさんとゴロベエさんが鋼筒にすり寄るようにして媚を売る真似をする。リキチさんも足元にへたり込んだままだったが、それでも女らしく振舞おうと口元に手を添えて上品に笑って見せた。私はと言うと、今は男装をしている身。男が男に色目を使う訳にも行かず、ただ目立たないようにと傍らでその様子を黙って見詰めていた。ところがやがて、耐え切れなくなったリキチさんがこっそりとその場から逃げ始めてしまう。当然それを野伏せり達が見逃す筈も無く、目の前で必死に気を引こうとするゴロベエさんやヘイハチさんを無視し、リキチさんに制止の声を投げかけた。そのままリキチさんの名前を尋ねる野伏せりに対し、リキチさんは最初の頃に付けた芸名を必死に口にする。
 
「マ、マママ、マグソコエダユウ」
「馬糞?ふっはは、何とも臭う名前だのう。…お前、真に芸人か」
「噂に聞く尋ね者ではなかろうな」
 
その言葉に、思わず小さく肩が跳ねる。幸い、野伏せりはこちらを見ては居らず、ゴロベエさんが演技を続けながらその言葉を否定していた。しかし野伏せりはそれを信じる事無く、
 
「ならば芸の一つでも披露して貰おうではないか」
 
そう言い放った。これには流石のゴロベエさん達も黙り込む。不自然に空いた間に、不信感を強めた鋼筒の一機が「出来ぬのか?」と追い打ちを掛ける。ついには背負った太刀を抜き、
 
「出来ぬのであれば斬る!」
 
と告げた。ゴロベエさんとヘイハチさんは互いに顔を見合わせ、懐に隠していた小太刀に手を伸ばす。ここで野伏せりを斬れば一先ずこの場は抜けられるだろう。しかし私達がここを通り過ぎたという痕跡も残してしまう事になる。どうする、どうしたら良い?私は街道を歩いて居た時に交した会話を思い出す。私の芸名、歌読みの達人、歌。
 
「な、なぁ!ゴ…ゴ、ゴロ姐!わた…じゃなくて、オ、オイラにやらしてくれよ!」
 
咄嗟に言葉が口を衝いて出る。全員が驚いた様子で一斉に私の方へと顔を向けた。
 
「何だ小僧、お前も芸人だと申すのか?」
「そ、そうだよ、オイラは歌が得意なんだ」
「ほう…ではそこで一曲歌って見せよ。但し、下手を打てばその場で斬り捨てるから覚悟せい」
 
大きな太刀が私の目の前に突きつけられる。頭の中が真っ白になりそうだった。ちらりと皆の方を見やると、心配そうな表情でじっと私の方を見詰めている。私はぐっと唾を飲み込んで、歌い始めた。
…それは、いつ聞いたのかも解らない、どうして今思い出したのかも解らない、けれどとても懐かしい曲。演奏も何も無い中で歌うというのは想像以上に苦労したが、それでも歌詞はすらすらと口にする事が出来た。これが芸だと言ってしまった以上、中途半端な事は出来ない。精一杯の想いを込めて、私は最後まで歌い続けた。曲が終わり、ほっと息をついた時。しんと静まり返る周囲に気付き、不安な思いで沈黙する鋼筒を見やる。
 
「えっと…あの…」
「…その方、名を何と申す」
「えっ、た、タカオダユウ…」
 
先程までとは違い、どこか淡々と話す野伏せり。気に入らなかったのだろうか、やはりここは戦わねばならないのだろうかという思いが頭の中を駆け巡った時、太刀を手にしていた鋼筒が徐にそれを背中へと戻した。
 
「いや、見事。所詮はイロモノ一座の歌い手と甘く見ておったわ」
「その方等はともかく、お前の歌は一度聴く価値はある。近く芸をする折があれば、見に行ってやらん事もない」
「あ、ありがとうございます」
「うむ、せいぜいその者等のようにならず、己の芸に励むが良い」
 
そう言い残すと、二機の鋼筒は満足気に去って行った。その姿が離れた所で、漸く張り詰めていた緊張を解く。と、いつの間にか傍に来ていたゴロベエさんが私の肩に手を置いた。
 
「忝い、お主のお陰で戦わずに済んだ」
「い、いえ、そんな」
 
慌てて首を横に振ると、今更ながらに自分のした事が大それた真似に思えて来て、無性に恥かしくなった。
 
「それにしても驚きましたね、ナマエさんにあんな芸当が出来るだなんて知りませんでしたよ」
「もしかして記憶が戻ったんじゃねぇだか?」
「それが、私にもよく解らないんです…とにかく何とかしなきゃって思ったら、あの曲が浮かんで来て…でも、どこで聞いた曲なのか思い出せないんです」
「某も聞き覚えのあるような、どこか懐かしさに似たものを感じたのだが…」
「ゴロベエ殿もですか?しかし耳慣れない曲調でしたよ」
「そんだけナマエ様の歌が上手かったって事でねぇか?」
 
暫く首を捻っていたものの、やがて「考えていても仕方が無い」とゴロベエさんが切り出す。
 
「とにかく、お主のお陰で助かった。礼を言うぞ」
「よっ、歌の達人。タカオダユウ!」
「や、止めて下さいよ…っ」
 
一頻り笑みを零した後、私達は再び歩き始める。目的地であるカンナ村、そして集合場所である翼岩までは後少し。色々あったせいか、私達が一番最後の組となってしまうのだけれど…それはまた、別のお話し。
 
 
 
余談。
 
「…ナマエさんが最初に変装した姿、他の皆には黙って置きませんか?」
「うむ、あれは我ら旅一座だけの秘密と言う事で一つ」
「んだなぁ」
 
そんな会話がなされていた事を、ナマエは知る由も無かった。

 
 
くれなゐいろ 番外編
第七話、化ける!
< 終 >
 
本編 第二章 第六話、惑う!
 
 
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