一方、カンベエが都に捕らわれている女達を一人で救いに行ったのだと知ったキクチヨとカツシロウは、自分達も連れて行って欲しいと頼み込んで来たキララとコマチと共に、虹雅峡へとやって来ていた。その道中で、ウキョウが新しい虹雅峡差配になっている事、サムライ狩りで捕えたサムライ達を近隣の村へ護衛として派遣した事、虹雅峡から既に目視できる程の距離まで都が来ている事を知り、そして今、街中にある電光掲示板の表示を見て、カンベエが暮れ六つにこの街で斬首獄門の刑に処される事を知った。
 
「そんな…!?」
「先生が、打ち首…!」
 
キララとカツシロウが驚きの声を上げ、それを聞いたキクチヨも「なんだとぉ!?」と読めないながらに掲示板の表示を見詰める。そんな中、誰かがキクチヨの腕を叩く。視線を向けた先に居たのはマサムネだった。
 
「よぉ!」
「おぉマサの字ぃ!」
「生きてたか木偶の坊」
 
親しげに挨拶を交す二人に気付き、カツシロウとキララも掲示板から目を離してマサムネに挨拶する。マサムネは掲示板に表示された文章に目を向けて、深い溜息を零す。
 
「いよいよ決まったか」
「!、マサムネ様は、この事を御存じだったのですか…?」
「ん?あぁ。実は五日程前、お前さん達より先にナマエ嬢ちゃんとキュウゾウ殿が来てよ」
「ナマエちゃん、ここに居るですかっ!?」
 
キクチヨの肩に乗っていたコマチがナマエの名を聞いた途端飛び降りて、マサムネの裾をがっしりと掴む。ナマエが突然居なくなったと聞いた時、誰よりも必死に村を探しまわったのはコマチとオカラの二人だった。きっと何かしら考えがあっての事だと理解する大人達に比べ遥かに幼い二人は、ナマエが黙って居なくなってしまった事を中々信じられずに居たのだ。結局、幾ら探しても見つから無かった為、諦めて納得していたが、心の中ではずっと心配していた。そのナマエが街に来ていると聞き、一刻も早く会いたいという思いが溢れ出す。
 
「何処に居るですか?ナマエちゃん、何処に行ったら会えるですか!?」
「そ、それが…昨日の夜から帰って来ねぇんだ」
 
言い難そうに、マサムネはコマチから視線を逸らしながら答える。コマチの表情から見る間に期待の色が無くなって行く。マサムネは申し訳なさそうに頭を掻くと、それまでは毎晩自分の所に泊まっていた事、二人がカンベエを助け出す為に情報を集めていた事、それを含め、自分はこれまでの話しを大体聞いて居るという事を説明した。
 
「でも結局は助け出せなかってんで、逃げ出しちまったって事か?」
「!、ナマエさんは、そんな人ではありません!」
 
だからこそ今、カンベエが処刑されるという告知が電光掲示板に表示され、ナマエとキュウゾウは帰って来なくなったのではないかと言うキクチヨの言葉に、キララが反論する。ついにはコマチにまで睨まれてしまい、キクチヨは「じょ、冗談だっつーの!俺様だってアイツはそんな奴じゃねぇって信じてらぁ!」と慌てて自分の言葉を撤回した。そんな様子を、一人険しい表情で見詰めていたカツシロウが、再び掲示板の表示へと視線を移しながら言う。
 
「…先生は、失敗したんだ。やはり、先生一人では無理だったんだ」
 
それを聞き、キララが何かを言いたげにカツシロウの後ろ姿をじっと見つめるも、結局は何も言う事は無かった。
 
 
 
カツシロウ達は一先ずマサムネの工房に行き、今後どう動くかを決める事になった。キクチヨの大太刀はカンナ村での戦の途中で根元から折れてしまい使い物にならず、カツシロウの刀もまた、多くの野伏せりを斬った為に刃毀れを起こしていた。それらを打ち直し、研ぎ直す必要もあったからである。
 
「随分と斬りなすったねぇ」
 
カツシロウの刀を見たマサムネが感心とも取れる様な声で言うも、カツシロウは一度顔をあげただけで、何も答える事は無かった。サムライなのだから当たり前かと、マサムネもそれ以上は何も言わず、さっさと仕事の準備に取り掛かった。その間、キクチヨは工房の中を漁って二本の同田貫(どうたぬき)を見つけ出し、その内の一本をカツシロウへと投げ渡す。それを受け取ったカツシロウは刃の様子を確認した後、座っていた腰をあげる。
 
「出来あがるまで借りとくぜ!」
「お?」
「…皆を救い出す」
「おぉ!?都に喧嘩売ろうってのか」
 
素振りを始めるキクチヨと立ち上がったカツシロウを見て、マサムネが驚いた様な声で言う。「行かなきゃ武士じゃねぇ」「捨て置く事など出来ん」とそれぞれその言葉に同意を示す二人を見て、堪らずキララが声をあげる。
 
「お待ち下さい。カンベエ様は、みすみす処刑されるような御方ではありません」
「だが現に、女達を救うと言ってこの始末!キュウゾウ殿とナマエ殿も、未だ姿を見せぬではないか」
「それは…」
 
否定する事が出来ず、キララは思わずカツシロウから目を背けて言葉を区切る。然しすぐにまた顔をあげて、凛とした声で言う。
 
「ただ、無暗に事を起こして邪魔になっては…」
「…何もするなと?」
「はい」
「何もしないのは、武士として一生の恥だ」
「手を差し伸べれば、カンベエ様の恥になるのでは」
 
互いに一歩も譲らず口論を続ける二人の間に、キクチヨが耐えかねた様に割って入る。
 
「サムライならよ、しくじったら潔く死ぬもんだぜ。俺もカツの字も、奴には腹立ててんだ!アイツ助けて、アイツに男見せてやらねぇとな!」
 
ついに、キララは口を閉ざしてしまった。尤も、決して納得したとは言い難い表情ではあったが、カツシロウ達はこれでこの話しは終いだとばかりに、腰に刀を差して出立の意を示した。その時、大気を振るわせる様な轟音が空から響き渡って来る。慌てて裏へと出た一同が見たのは、空を覆ってしまう程の大きな大きな都の姿だった。

 
 
くれなゐいろ 番外編
第十七話、企む!
< 終 >
 
本編 第三章 第十八話、共に!
 
 
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