「そうかぁ、カンナ村の勝ちかー。やるなぁキララ君」
 
虹雅峡、アヤマロの御殿。勅使殺害の責任を問われたアヤマロが都へと赴いて居る今、そこはアヤマロの息子であるウキョウの天下だった。ウキョウとは蛍屋での騒動の折、ボウガンでナマエとカツシロウに怪我を負わせた、あの青年の事。アヤマロが大事にしていた盆栽の枝を剪定しながら、カンナ村の報告を聞いたウキョウは酷く楽しげな声でそう言った。テッサイが遠慮がちに口を挟む。
 
「…お言葉ですが若。成し遂げたのはサムライでありまして、農民では御座いません」
「あまーい!サムライを揃えたのはキララ君だよ?お見事な人選だったと思わなーい?」
「調べによりますれば、首魁はカンベエと名乗るサムライの様ですが…」
「誰でも良いよ。大事なのは農民がサムライを雇って野伏せりをやっつけたって事なんだからさぁ」
 
ウキョウは手を止めぬまますらすらと答えて行くが、テッサイは今一その意図が読めぬという様に、「はあ…」と煮え切らぬ返事を返す。そんな事は気にも留めず、ウキョウはそのまま言葉を続ける。
 
「この話し、他の村にも教えてあげて」
「は…?」
「農民達にもさぁ、もう野伏せりは怖くないって教えてあげるんだよ」
「…何故で、御座いましょうか」
 
堪らず、テッサイは問い掛ける。けれどウキョウはそれに振り向きすらせず、盆栽へと最後のハサミを入れた。葉のついた枝は全て斬り落とされ、丸裸になったその木を、身体を少しばかり傾かせて眺めながらウキョウは答える。
 
「良いからお前は僕の言う通りにやってれば良いの」
「…ははっ」
 
主君の言葉は絶対。忠義に厚いテッサイは、湧きあがる疑問を全て自らの中に抑え込んで、ただその言葉に御意の意を示した。そこへ、カムロの一人が都から早亀での連絡が来た事を伝えに来る。中へ入る様に促され、カムロはウキョウとテッサイの前に跪き、深く頭を下げて言った。
 
「御前は虹雅峡差配の任を解かれました。現在は勅使殺害の責を問われ、処遇の決定を待っております」
「なんと…っ!」
「父上も災難だったねぇ」
 
驚き、焦りを露わにするテッサイとは対照的に、ウキョウはこうなる事を予め予測していたかのように涼しい顔をしている。カムロは顔を上げぬまま、さらに話しを続けた。
 
「虹雅峡の次代差配には、若を推挙する声が上がっております」
「推挙も何も、僕が次代だよ。他に誰か居るかい?」
 
仮にも父親の身が危ういというのに、ウキョウは笑顔で答えている。テッサイはそれに不気味さすら覚えながらも何も言う事は無く、ただ二人のやり取りを聞いて居た。やがて、報告を終えたカムロは部屋を出て行き、ウキョウもまた、何処かへ行くつもりなのか歩み始める。それにテッサイが続こうとした所で、ウキョウは何かを思い出したかのように、突然立ち止り振り返った。
 
「それはそうと、テッサイ。あの娘の事、何か解ったー?」
 
ウキョウの言うあの娘とは、ナマエの事だった。ウキョウは蛍屋でナマエを見かけてから、テッサイに命じて彼女について調べさせていたのだ。あまりに唐突なその問い掛けに、テッサイは一瞬驚きの表情を浮かべたが、それはすぐに渋い顔となった。
 
「それが…真可笑しな事に、あの娘を知る者は殆どおらぬのです」
「どういう事?」
 
テッサイの言葉に、ウキョウは顔を顰める。
 
「人相書きを作り各階層に聞き込みをして回りましたものの、あの娘を知っているという者はたった数名。それもどうやら、サムライ狩りの折に捕らわれていた所を見ただけという者ばかり。あの娘がどこで生まれ、どこで育ち、どうしてあのサムライ達と行動を共にしているのかを知る者は、誰も居りませぬ。念の為、近隣の村や街道へも早亀を走らせましたが、結果は変わらず」
「じゃあ何?あの娘は突然降って湧いたとでも言う訳?」
「そ、そのような事は…しかし、それほどまでに素性を知る者が少ないのもまた事実。カンナ村での戦に置いては、他のサムライに負けずとも劣らぬ活躍を見せたとの報告も受けております」
「へぇ、刀を持ってたのは見たけど…ちゃんと扱えたんだねぇ、ちょっと意外だなぁ。じゃああの子もサムライなの?」
「そこまでは、まだ。何せ情報が少な過ぎます故」
「怪しいねぇ…」
 
ウキョウのは徐々に目を細め、その口元に笑みを浮かべて行く。それはさながら、ここでは無い何処か遠くの獲物を想い、舌なめずりをする獣の様にも見えた。
 
「そういうのは本人に聞くのが一番だよねぇ。一体どんな秘密を隠しているのかなぁ、…ますます欲しくなってくるよねぇ」
 
禍々しい程の声色に、テッサイは一抹の不安を覚える。ウキョウはあの娘を捕らえ、一体どうするつもりなのか。ふと浮かんだ疑問を、テッサイはすぐに振り払った。主君が何を考えていようと関係ない、自分は与えられた命に従うだけだと。そして、思い出したもう一つの情報を付け加える。
 
「実は…サムライ狩りの折、一度あの娘を捕えて居たとの話しも耳に致しました」
「はぁ?じゃあ何でその時に連れて来れなかったの?」
「それが、その後すぐに、あの農民の娘を逃がした例の機械のサムライが牢破りを働きまして、それに乗じて娘も逃げ出してしまったとの事で…」
「機械のサムライ…」
 
終始笑みを浮かべていたウキョウの顔から、一変して表情が消える。呟く様なその声に激しい憎悪の念が込められている事を、ウキョウの生まれを知るテッサイは、傍らで感じ取っていた。
 
「…あい解った、聞き込みはもう良いよ。そのかわりあの娘がカンナ村を出て再び街に来るような事があったら、絶対知らせが届くよう皆に徹底させといて」
「御意」
 
再び歩みを再開させながら、ウキョウはまだ名も解らぬ娘の事を思い浮かべる。怯える瞳、縋る様に腕に抱いた刀。思い出すだけで背中がぞくぞくと波打つ。それは例えるなら、この手で手折ってしまいたくなるような儚さ。御側女衆達にはない、魅力的な何か。
 
「早く僕の物にならないかなぁ、あの娘」
 
無意識のうちに零れた呟きと共にウキョウの口元が歪む。そこに込められた想いに、その時はまだ、誰も気付く事は無かった。

 
 
くれなゐいろ 番外編
第十五話、想う!
< 終 >
 
本編 第三章 第十四話、進む!
 
 
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