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人事報告書を持ち戸部に訪れ、残る工部への書類を持った櫂兎は、帰り支度をする鳳珠に声かけられ、夕餉を誘われた


「いつぞやの詫びだ、なんなら泊まっていけ。明日は休みだろう」


「えっ、いいの? んじゃお言葉に甘えて」


いつぞやというと、行ったはいいがお疲れの様子だったので帰ったあの日か。律儀な彼である


「じゃあこれ届け終わったら俺も帰ろっと」


そうして櫂兎はるんるんと戸部を去って行った。





「……何故そいつを連れてきた」


邸を訪れた櫂兎を出迎えた鳳珠は、その連れてきた人物に不機嫌を露わにした


「はっは、同期のよしみじゃねえか。飲もうぜ」


「お前と酒はやらん」


酒瓶を掲げ揺らし笑った飛翔に鳳珠はぴしゃりと告げた。過去の経験という名のトラウマから、鳳珠は飛翔と酒を飲むのを好まなかった。


「んだよ釣れないやつ。いいじゃねえか、久し振りにこうやって会えたってのによ」


「……話くらいには付き合ってやる。入れ」


何処までも人のいい鳳珠だった





「今、侍女に食事を運ばせる。いいか、酒はやらんからな!」


「わぁってるって。今日のところはやめとくよ。櫂兎、今度俺と飲もうぜ」


「おう、月見酒にはいい季節だしな」


夜風が涼しい。鈴虫の鳴き声が秋を感じさせる


唐突に室の扉がバァンと激しく音を立て開いた。侍女にしては荒っぽすぎるだろうと、その開けた主を三人がみれば――


「黎深! お前また何時の間にか忍び込んだのか」


「ふん、お前の邸に客など珍しいからどんな物好きだろうと見にきてやったんだ。……何だ、飛翔か。しかし棚夏、何故お前がここにいる」


「同期のよしみで飲もうってなったんだよ」


けらけらと持参した酒瓶をふって飛翔が言った。


「だから酒はやらんといっているだろう! だいたい私は櫂兎しか誘っとらん」


「同期のよしみというならば私を呼べ、むしろ棚夏が出て行くべきだろう」


我が言うことこそ正論とばかりに黎深が言う


「……黎深、お前まだふざけたこと抜かしてやがるのかよ」


飛翔は低い声で言った。黎深はきょとんとする


「だから棚夏は同期では――」


「てめえ巫山戯んなよ! お前の賢い頭の中身は空っぽだったらしいな?!」


飛翔は褒めているようで貶した言葉を吐いては黎深の胸倉掴む。


「飛翔、いいからやめて――」


「ああ? 櫂兎、こんなの黙っておけなんて言わねえだろうな! 巫山戯んなよ!てめえ、国試んときあんだけ迷惑掛けまくってベタベタしてたくせに忘れたとは言わせねえぞ!?」


「は? 何のことだ」


飛翔が黎深の頬を殴った。鈍い音と痛みに黎深が納得いかないという風に飛翔をみる


「何をする」


「どうにかしてんのはお前だろう!思い出すまで殴ってやる」


そうして振りかぶる拳を黎深は片手で受け止め飛翔に掴みかかった。そのまま乱闘にもつれこみ、室内なのも気にせずどかどたと二人は暴れる。


「――――いい加減にしろっ!」


櫂兎はそう言ったかと思うと二人の腕を軽くねじ伏せ二人の上にどんと乗る。バタバタと床に這いつくばりながらも取っ組みあおうとする二人に櫂兎は溜息をついた。


「まず尚書、私は今から事実のみを述べますから、疑うかどうかはご勝手にどうぞ。
私は、尚書と同期です。貴方と同じ号棟でした。貴方が獄舎に放り込まれたときは一緒に獄舎にいましたし、幽霊退治にも付き合いました。水被って熱が出た貴方を朝まで付き添い看病したのも私です」


「……」


「飛翔、こうなったのには何も黎深のせいだけじゃないらしいから勘弁してやって」


「……だけどよ」


「大丈夫、俺は思い出してくれるって信じてるし?」


そうして二人をパッと離し上から退いた。黎深は静かに立ち上がっては扇子で口元を隠し、感情みせぬ声で告げた


「勝手にべらべらと、思い出すやのどうこうだの、私は知らん。勝手に信じられようとそれに応える筋合いもない。今日は帰る」


「おい、こら」


咎める鳳珠の声もきかず、黎深はそそくさと出て行ってしまった。


「あいつ……俺とおにぎりで取っ組みあったの今みたいに櫂兎に止められたのも覚えてないのかよ……」


信じられない、という風に飛翔が呟く。


「黎深も、今は一杯一杯だろうし、いつかひょこっと悪びれもせず思い出したとかなんだとかいって元通りになってくれるさ」


むしろ、そうであったらどんなにいいかと櫂兎はさみしそうに笑った。






「……けしからん」


黎深は、月明かり照らす道を一人邸へ戻る。こうなったのもあいつのせいだ。これではまるで自分が悪者みたいではないか


「全く持って意味がわからん」


そんな記憶なんてないし同期だったとは初耳だ。そう、初耳――の、はず


ふと、兄の言った言葉を思い出す。「君も櫂兎とは友人だろう」――それが、もし、真なら――――…


「馬鹿らしい」


犬から猫が生まれるくらいにあり得ない話、考えることも馬鹿馬鹿しい。
そんな風に呟いた自分を、まるい月のうさぎがみた気がした。




(ひとりぼっちに泣き腫らした赤い目で、彼はこっちを見てるんだ)



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