「兄上…あにうえぇ……ああ…もう7日も会っていない…あにう」
「うるせええええええ!!!!!」
腰のあたりに抱き着いては半べそ気味の黎深に俺は怒涛の肘鉄を食らわせる。
それでも尚離れようとしない黎深に、俺は大きくため息をついた。
「酔っ払いがこんな性質の悪いものだとは思ってなかった…」
こうなったのも、目の前で真冬なのに上半身裸になって酒を浴びるように飲み続けては笑っている飛翔のせいだ。
というのも「いい酒が手に入った」とかでどこからくすねてきたかもわからない酒をひけらかしては、「飲み比べしようぜ」だとかいいだして、13号棟で煽りだしたのだ。
黎深が面白がって嫌がる鳳珠に無理やりそれを飲ませたら、鳳珠は一口で失神。そこでよしておけばいいのに飛翔の挑発に乗って黎深も酒を飲みだしたというわけだ。
そしてこの酔い様である。酒に強いはずの飛翔も、いつもよりどこか箍が外れているような…
悠舜が、机に垂れたその酒を指で少しぺろりとなめた。途端ふらりとした体を俺は支える
「だ、大丈夫か!?」
「え、ええ…思ったより度がきつくて少しふらついただけです。おそらく、この風味からしてこれは茅炎白酒でしょう」
茅炎白酒といえば、白州帰山地方で製造されている国一番の高濃度酒。一口でどんな大男の意識もぶっ飛ぶほどの強い酒といわれているが…んなもん何処からくすねてきやがったんだ…
「茅炎白酒といっても普通よりは大分薄めてあるようですから、お酒に強い飛翔は意識を保ってるんでしょうけど…」
「あれ、どうみても理性は保ってないように見えるなー。っていうか本当に意識あんのか?」
がははと笑いながら空になった酒瓶をまだ煽るしぐさをしているのだ。重症も重症だろう…
無意識にまだ酒を飲もうとしているのだから、なんというか懲りないやつである。
失神中の鳳珠をおそるおそるみる。呼吸は安定しているし、体温も極端に低くはなってない。急性アルコール中毒なんてのにはなってないと思うのだけれど…
そこでがばりと鳳珠が起き上がる。意識が戻ったのかと安心するが、その様子を見て一気に青ざめた
「二十二春秋逝く者は…ひっく、已に水の如し天地始終無く、っぷ、人生生死有りいず…うぷ…くんぞ古人に類して…千載青史に列するを得ん。」
なんか赤い顔で漢詩の暗唱を始めた…。悠舜がふらふらしている鳳珠を支えようとするが、二人そろって転びそうになる。
「あっぶなかった…」
それを何とか支えて、悠舜が体制持ち直した後俺は腰に抱き着く黎深を引っぺがし鳳珠を抱え、寝室に寝かしつけた。まだ漢詩の暗唱を続けていてそれがお経に聞こえて超怖い。十三号棟の恐怖がさらにグレードアップしたようだ
戻ってくれば悠舜が黎深に引っ張られ、どこかに連れて行こうとされていたところだった
「た、助けてください櫂兎!」
机にしがみついて必死な悠舜を俺も助けようと躍起になる。黎深が悠舜を離し体制を崩した悠舜は一気に俺に倒れ掛かった。
「ってて…」
「すみません……」
「いや、大丈夫。それより悠舜こそ脚大丈夫だったか?」
「ええ、おかげさまで」
そこでふらりと号棟を抜け出す黎深をみて慌てる
「櫂兎!今すぐ追いかけて!」
「ああ!」
門限はとうに過ぎている。いくら黎深といえど国試関係の管理者にみつかったらまずい
上着をつかみ、赤い顔でへらへら笑って床に倒れた飛翔を飛び越え、俺は黎深を追った。
「っふ、はぁ…黎深走るの速過ぎ…」
まさかお酒で体のリミッター外れてるんじゃなかろうか。
息も切れ切れになって必死に追い、ついた先の建物を見上げ俺はやっぱりか…とため息をついた。
「夜分にごめんくださーい」
「ああ、いらっしゃい、櫂兎」
「その馬鹿受け取りに来た」
そうやって府庫の机に突っ伏してすやすやと幸せそうな顔をしている黎深を指さす。あの鉄仮面、氷の表情がここまでゆるむのも邵可相手以外にないだろう
「人の弟を馬鹿呼ばわりとは失礼だね、それでも僕の友人かい?」
「いや〜、弟の面倒ちゃんとみないでこんな馬鹿に育てた友人がいう言葉じゃないだろう」
そうやって言えば邵可は眉寄せる
「自慢じゃないけど僕の弟、すごく賢いんだよ?僕とは比べ物にならないくらい」
「そこは自慢しとけよ。ったく、知ってるよ。仮にも俺だってこの馬鹿とは友人やってるんだぜ。でも大馬鹿だよ、愛情表現に関してはすっごく不器用だし」
「……それに関しては、反省してる」
そう言う邵可の頭をぽふんと撫でる。
「別に責める気もねーって。んじゃ、そいつ連れて帰るよ。他の奴に見つかるとあれだし」
手をひらひらと振って「あにうえきょうもすてきですうふふあにうえだいすきふふ」とかさっきからぶつぶついってる黎深を抱えた
「僕の弟、よろしくね」
「任せとけ、俺が友人を大切にするってことは邵可だって身に染みてるだろ?」
そう笑って言えば邵可は表情を緩め、ゆったり息を吐いた
十三号棟に戻ってきて、中のあまりの惨状に絶句した
「ナンデ ミンナ フンドシ イチマイ ナンデスカ」
自分の発した片言が、まるで呪文のように自分の中に響く。
寝させたはずの鳳珠も起きだしてはふんどし一枚で「どうせ私の顔は…すんすん」と泣いている。貴様、泣き上戸か
顔を赤くした悠舜が飛翔と肩組んで、いい笑顔で高笑いしていた
そうして十三号棟の怪に、その夜の間だけで『呪いの呪経』『すすり泣く男』『悪魔の高笑い』が増えたのだった。
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