目が覚めたら棺桶9
・境界線
俊臣が私を寝床(棺桶)に入れてくれなかった。

「『何故! 何故に駄目?』」
『うん。心地よくてつい流していたけへど、やっぱりこのままはいけないと思って』
「『何ゆえ〜っ!』」

棺桶のふちをドラミング抗議する私に、俊臣は呆れたような溜息を吐いた。

『そんなのでも君、女の子でしょう。そしてボクは男なの。一緒の場所で寝ていたら、またこの前みたいに誤解されることになる。だから、きちんと線引きしよう』

俊臣のそれは、男女きちんとした付き合い方をしようという提案だった。
いつかの余所余所しさを思い出して、私は首を横に振る。

「『やだ!』」
『かといって、このままもよくないと思うのだけれど』
「『他の人、誤解どうでもいい!』」
『ボクも、それはいいんだけれど。いつか、ボク達まで誤解してしまう日がくるかもしれない。その時に傷つくのはボク達だ』
「『怪我する私達の誤解?』」
『例えば、僕が君に男性として好かれていると誤解するかもしれない。君が僕に女性として好かれていると誤解するかもしれない。その誤解の上で、相手を好きだと錯覚して、一線を越えるようなことがあれば、目も当てられないことになるだろう?』

今の関係を壊してしまわないように、踏み越えてしまわないように、明確な線を引こうと俊臣は言う。越えてはいけないものをお互いの間に見える形にするというだけで、私にはそれが壁にすらなったように思えた。なんだその不可侵条約。

「『やだ、嫌だ!』」

なんか嫌だ、凄く嫌だ。だってそれでは、夢見ることも叶わなくなってしまう。
私だって、今が心地いい。けれど、でも、その心地よさの理由を知っているから、その線を引かれたくない。俊臣の口で、告げて欲しくない。

『それって、線引きがなくったって、越えることはないって言ってるの?』

そう言った俊臣は、いつもより少し強い語調だった。

『ボクだって、君のことは信頼しているし、ボクも大丈夫だと、思っているよ』
「……」
『けれども、人の気は変わるものだ、万が一を考えて――』

俊臣の言葉が止まった。私の顔を見たらしかった。
少しの逡巡の後で、俊臣が口を開く。

『……それとも、ボクが好きなの?』

それは、よく切れるナイフを、首にあてられる行為にも似ていた。
私は頷くのを酷く迷って。迷って、迷いながら、嘘はつけなくて。小さくこくりと頷いた。
俊臣が、閉口する。

……なんで、頷いちゃったんだろう。
強い後悔の念が湧いてきて、私はぼろぼろ泣きだした。

言わなきゃよかった、なんで言ってしまった。秘めて、閉じ込めて、そのままにしておけばよかった。

『ごめん』

謝られてしまった。私はさらに泣く。

『それって、ボクは君を好きになっていいって意味? ねえ?そういうこと?』

その手で涙を拭われる。
顔を覗きこまれて、息が詰まった。

何、何これ。惑わせないで。何言ってるの、何考えてるの。わかんない、わかんないよ、いいの、だめなの? わかんないの。

額にキスをおとされて。「二人用の棺桶って、どうかな?」なんて優しくきくから。もう、限界で。
だって、だってこれじゃあ、まるで。

いいよ、と。許されたようで。私は俊臣を好きでいいのだと、彼に認められたようで。

しゃくりあげた私の声は言葉にならなくて、ただただ、彼に抱きついた。背に回された彼の手が、私の身体を抱き寄せるのに、涙が止まらなくなって、私は彼の腹へと顔を押し当てた。


・鼓動
そのまま泣き続けていたら、俊臣にちょいちょいと服を引かれた。私が顔を上げると、彼は少し身を離してから、膝を屈めて微笑んだ。
俊臣はそのまま私を引き寄せる。彼の顔がそばにあって、私の頭は彼の胸に届く。この身長で諦めていたのに! いたのに!
引っこみかけていた涙が、また溢れてきてしまった。

彼の胸を借りて泣く。とくとくと一定のリズムを刻む彼の心臓の音が、私の中に落ちていく。彼がこうして合わせてくれるなら、身長が低かったっていいや、なんて思った。


俊臣は後で腰を痛そうにしていた。ごめんよ。


・目が覚めない棺桶
二人用の棺桶を提案しておきながら、俊臣は私と一緒に入る気がなかったらしい。私の方が長生きするでしょ、とか言ってた。ひどいや。私は後追いも辞さないっていうのにさ!
そんな私に、俊臣は酷く嫌そうな顔をしていた。ふーんだ、そんな顔しても私には知ったことじゃない。嫌なら長生きしてください。


・目を閉じる
正式にお付き合いを始めた、だなんて、むず痒くすぐったくなる言葉が、今の私と俊臣の関係だったりするわけで。
男女、とはいっても恋人同士が寝床を分ける必要はないわけですよ。

そんなこんなでこの際に、二人用の棺桶を用意しようという話になったのだけれど、いかんせん、この私に俊臣も入れちゃう二人用の棺桶は広すぎたようだ。
風通しのあまりのよさに、俊臣も『いつもの棺桶でいいか』との結論を出した。

『君小さいもんね』

その一言は余計です!
――そうして私と俊臣は、今日も棺桶で眠る。


(目が覚めたら棺桶・終)


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目が覚めたら棺桶
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