今後の行動を考える、とはいっても貘馬木が絡むことはそう多くない。すぐに話はまとまり、櫂兎は明日からの出仕の準備を、貘馬木は茶州へ帰る準備をし始めた。
そうした作業をしていると、瞬く間に日は落ちた。
まだ明るさが残るとはいえ、日中の茹だるような暑さはすっかりなりを潜め、秋めいた涼しささえ感じさせる。
「棚夏ー、焚き火しようぜ」
荷をまとめていた貘馬木が、ふとそんなことを言った。
「真夏にどうして焚き火なんてしなきゃいけないんですか」
「飛んで火に入る夏の虫、とかいうんだから別に、夏に焚き火したっておかしくはないだろ〜。ま、なんてーの? 荷造りしたり、片付けしてたら燃やしたいものがでてきてさぁ。だから庭貸して?」
「最初からそう言って下さいよ」
櫂兎は了承して、庭の中でも開けた場所まで貘馬木を案内する。
貘馬木は、その場に火種を首尾よく移すと、炎が安定したのを見計らって、そこにくしゃくしゃにした紙の束を投げ込み始めた。
「証拠隠滅ゥ!」
「何の証拠ですか!」
「ん? ききたい?」
にんまり笑う貘馬木は不気味で、櫂兎は即座に話を聞くことを断った。
貘馬木は燃えていく紙束を眺めながら、上機嫌に口笛を吹き鳴らす。楽しげな様子で吹いている割に、曲自体は寂しげだった。
櫂兎は、何となく懐から取り出した『さいうんこくげんさく』をぺらぺらとめくって――もう、これも不要かもしれないなと炎に投げ入れた。
貘馬木が、驚いたように口笛を吹くのを止める。パチパチと、薪木のはぜる音がした。
「大事なものだったんじゃねーの?」
辺りが暗い中でも、炎に照らされた貘馬木の顔はよく見えた。
「そうですね。でも、もう要りません」
「だからってフツー燃やすかよ〜」
「それは、ほら、俺なりの決意表明というか、これに囚われないぞという戒めというか」
「何、予言の書かなんかだったわけぇ?」
冗談でも言うように、貘馬木から吐かれた言葉に、櫂兎はどきりとした。
「……黙秘で」
平静を装って言葉を返す櫂兎だったが、彼には全て見抜かれている気もした。
「ほれ」
櫂兎の頬にぺちりと頬に温かいものがぶつかった。
「……なんですこれ」
「うまいぞ」
食べ物らしかった。眉をひそめつつそれを口にすると、食べ慣れた甘みが口一杯に広がる。――芋だ。それも、干し芋。ご丁寧に炙られている。
「うまいぞって貘馬木殿、これ、うちにあったやつですよね…」
「お、分かる?」
それが美味しいことは、櫂兎こそよく知っていた。
いつの間にやら拝借されていたらしいそれを、貘馬木は遠慮なくもしゃもしゃと頬張っている。櫂兎は諦めたように溜息を一つこぼして、土産用に干し芋を包もうかなんてことを考えた。
翌日。久し振りに御史台へと出仕した櫂兎は、ようやく仕事場に戻ってきたことを実感していた。ほぼ一季節訪れていなかった副官室に入れば、懐かしさすらこみ上げてくる。恐れていた書類の山は、貘馬木によって随分と仕分けられ、それも粗方片付けられており、櫂兎は頭の下がる思いだった。
ふと気になって、近くにいた顔なじみの御史に、邑について尋ねると、彼は櫂兎が表向き御史台に戻ってきた時期の少し後頃に、侍童を辞めて実家に帰ったことになっていた。
そうか、邑君は実家に帰ったのか。寂しくなるが仕方ない。正体? 何のことだろうか。
そんなこんなで、久々の出仕でも問題なく仕事ができそうだと、櫂兎が机に向かった時だった。乱暴に副官室の扉が開けられ、いきりたった清雅が駆け込んできた。
「やっと見つけたぞ!」
目を点にした櫂兎は、清雅の背後で扉が閉まる音にびくりと肩を跳ねさせる。
「ええっと、何かなセーガ君」
「何とは何だ!」
怒られた。理不尽である。
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bkm