「えげつない」
貘馬木の話をそこまで聞いた櫂兎の感想が、それだった。
「だよなー。まあ、だから鈴将が奴一人じゃできなかっただろう内部告発を、伝手使って協力者得て行ったってのは、なかなか美味しい結果だったらしい」
「沃侍御史本人が働かなくて済んだから、ですか?」
「そう」
貘馬木の肯定に、櫂兎は嘆息した。
「筋金入りの働きたくない人なんですね…」
「本当にな! もう、邑やってた時とかな、あいつ、邑をこき使いすぎだったからな!? 侍童に名家の姫を狙った兇手の使用した武器の種類と使用者特定をさせる馬鹿が何処にいるってんのォ」
やれやれ、と息つく貘馬木に、心底驚いた様子の櫂兎が話に食いつく。
「邑君にそんなことさせたんですかあの人! 御史台唯一の癒しそして良心である邑君に!」
「あれ? 棚夏、なんかお前、邑を俺と別個体みたいに扱ってね?」
「いや、まだ同一人物だとは認めてないんで。というか、認めるつもりはありませんので、別人として扱う所存です」
「あっ……うん、そう。もういいやそれで」
貘馬木は色々と諦めたらしかった。
「そんなにあのあざとい小動物が気に入られるとか、流石に誤算なんだが。沃のヤローも受け入れたがらなかったしよォ」
「え? 正体バラしたんですか? あっ、いや、邑君に正体も何もないんですけれど」
「お前も譲らねぇなあオイ! いや、な、奴には幾らか気付けるだけの条件が整ってたんだよ。
ああ、今お前になってることは誰にも明かしてないし、華蓮が櫂兎と同一人物だと知らない限りは誰にも気付かれていないはずだから、そっちの心配はいらないぞ。
沃が知っているのは、邑の件だけだ」
「へえ」
そういえば、と櫂兎は邑が、沃の連れてきた侍童であったことを思い出す。御史台全体の雑務手伝いもするとはいえ、大抵は沃付きの侍童として、邑は動いていた。接触の多い分、沃の持っている情報も多いということだろう。
「実際、あんまりにも侍童にさせるには無茶振りな仕事振ってくるし、果てには『貘馬木家』について調べる指示まで出してくるから、こりゃあ承知の上でいいように俺を使う気だなって思ってさぁ、口止め料のつもりで、その辺の仕事もきちんとこなしてたワケ。
そしたら何だよ、『楽をしたくて仕事を投げてた』だぁ? 信じられっかよもー!
貘馬木家を調べてたのも、お前絡みのことでだったし、アテが外れまくり」
「貘馬木殿でもそんなことあるんですね…」
「お前、俺を超人か何かだと思ってねぇ?
あのなぁ、今回のアレは、元々予定になかったことで、事前調査はまともにできなかったし、奴に関しては仕事してる姿が希少すぎて情報がないようなものだったの! 予測は無理!」
貘馬木は、否定するようにぶんぶんと首を横に振る。櫂兎はというと、あの超常的な「勘」とやらを発動させれば、超人じみたことでもできるのではないかと内心考えていた。
「まーでも、単に使える侍童ってだけじゃなくて、あの性格設定まで気に入られるとは思ってなかったわァ。
何だよ、『私の知ってる邑はそんな老けたおっさんのような顔はしません!』って、老けたおっさんって! そりゃ疲れた顔はしてたろうが」
そのうち沃への愚痴になりだした貘馬木の話を櫂兎は中断させる。
「そんな話より他に聞いておくべき話はないですか」
「いきなり話が戻ったな。ん〜、伝えておくべきことは全部伝えたと思うけどォ」
貘馬木は、その内容を思い出しながら指折り確認して頷いた。
「それじゃあそろそろ、今後の行動について考えません?」
櫂兎の提案に、貘馬木は一つあくびする。
「いいけど、もう夜も遅いし蝋燭も勿体無いだろ? 今日のところは寝ちまおうぜ。明日は休みにしておいたから、急ぐ必要もないしぃ」
「あれっ? よく休みがとれましたね」
「なんか葵皇毅に言ってみたら、あっさり通ったんだよ。
そーそー、そのときとか、妙に余所余所しかったんだけど、お前あいつになんかしたのん?」
「したっていうか、されたんですよ。接吻」
「えっ…あいつ、いつの間にそんな趣味を? えっ? うわぁ〜…近付かないでおこう」
ついでにとばかりに櫂兎とも距離をとった貘馬木に、櫂兎は誤解されてたまるかと必死に否定の言葉を紡ぐ。
「違います、違いますから。華蓮の時のことですよ。大方、華蓮からその話を聞いていたら、とか心配してたんじゃないですかね」
そうなの? と首を傾げる貘馬木に、そうなんです、と櫂兎は答える。その日はそこでお開きとなった。
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bkm