青嵐にゆれる月草 01
あの例の女性官吏・紅秀麗が御史になったという話は、春の除目もまだだというのに、瞬く間に御史台に広がった。
――全くもって、耳が早いことで。


「紅秀麗といえば、アレでしょ。贋作騒ぎ。陸御史が現場掻き乱されたーって荒れてたヤツ」

「あ〜あの時の。書類処理本当大変だったよなあ」


噂話に耳を傾けながら、櫂兎はさきの贋作騒ぎを思い出す。確かに、随分と人手が割かれていたのは、御史台の動きに気付き、逃げに入った者たちの対応に追われたからだったか。


「女が官吏ってもなあ」

「美人だったなら、目の保養くらいにはなったんだろうけどなあ」

「あれだもんなー」


人は見た目じゃありません! それに秀麗ちゃんは可愛いでしょうが! と、思わず声を荒げたくなるところをおさえて、深呼吸する。
大丈夫、彼女は自分の力で知らしめてくれる。大丈夫、彼女の頑張りを支える者たちがいる。今の自分の立場では、駄目なのだ。なまじ近過ぎて、協力が贔屓と捉えられ得る。それは、彼女へのマイナス評価になってしまうだけではない。『所詮女ではこの程度か』と、女性官吏そのものの評価に成り得る。


「……ううう〜」


噂も聞くに耐えなくなって、櫂兎は場所を変えた。逃げ込んだのは、清雅の執務室だ。


「おい」


何を入ってきているのかと眉をひそめた清雅には、櫂兎の「秀麗ちゃん」の一言で通じたらしい。呆れた顔を向けられた。


「そんなことを考えている間があれば、仕事の一つでも片付けてこい」


しっしと追い払う動作をする清雅に、櫂兎は「今日非番なんだよね」とへらりと笑った。そんな日に、何を職場まで冷やかしに来ているのだこの男はと清雅は思った。
櫂兎は、「まあ雑務を手伝うから話くらい聞いてよ」と、清雅の返事もきかず配布書類の書き写しをしながら、べらべらと話し始めた。


「ただでさえ厳しい場所だってのに、彼女はすることなすこと常に『女だから』の色眼鏡でみられちゃうわけよ。
そりゃまー彼女じゃ、甘いとこあるかもしれないけど、それが『女だから』甘いのだと考えるのは短絡的だし、危険だと思うわけ。あまーい考え方してるやつなんて、この世にごまんといるわけだから」

「お前とかな」

「そうそう俺とか」


自覚済みだったのかと、清雅は意外そうに片眉を上げた。そのくせ、その甘さになかなか付け入らせないのだから、こいつは厄介なのだが。


「失敗だって、誰だってするし、知らないことはできなくて当然だと思うんだよね。はじめから何でもできるのって、よほどの天才くらいだよ。
セーガ君だって、失敗して学んで経験積んだから、今出世街道歩いちゃってるわけでしょ?」

「うるさい。お前のお陰だとでもいうのか」

「や、流石に俺、そこまで恩を売りたがるほど がめつくないから……」


どうにも清雅には、櫂兎に対して限定で、被害妄想癖じみたものがあるような気がするのだが、これも獏馬木殿の引き起こした悲劇だろうか。トラウマは根強いのかもしれない。

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空中三回転半宙返り土下座
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