拍手使用物 その花の名は――
鴛洵亡き後で、櫂兎と香鈴の話
2012.03.??




「……瑤旋、これは何のつもり?」


櫂兎は差し出された手巾と霄太師を交互にみやった


「遺品じゃ」


「自分から差し出してくれるとはご丁寧なことで! ようやく死ぬ気になったんだ、この狸」


菊の花の刺繍の縫い付けられたそれは、赤黒い染みが付いていた


「儂のじゃないわい!まだ死ねん!」


「はやくくたばれってみんな言ってる!」


みんなとは、邵可のことである。あれ、一人だけ…?


「鴛洵の物じゃ」


霄太師は、実にさみしげに言った。


「お前がこれを差し出した意味はつまり、そういうことなんだって俺に教えてくれたのか?」


瑤旋が鴛洵の最期を看取った、いや、手を下した――そういうこと。


「知ってたよ」


もふりとした霄太師の髭を触りだした彼は言った。この髭、予想以上に手触りがいい、綿のようにもふもふだ。サンタさんの髭もこんな風かもしれない


「っていうか、渡す相手間違えてるだろ。この手巾は…この刺繍の縫い手に渡すべき」


ひょいと手巾を霄太師の手から奪い取った彼は、ひらひらと手を振って何処かへと足を向ける


「何処へいく?」


「手巾の刺繍の主のとこ。大体隼凱や瑤旋も俺も、遺品なんて形ある物要らないでしょうが」


こつん、と胸元を拳で軽くついて彼はにかっと笑った


「……全く、あやつには敵わんわい」


去った櫂兎の背を見た霄太師は、泣いているようで笑っているような風に顔をくしゃりとゆがめた





ぽつん、と隔離された部屋で一人、室の前には衛兵という軟禁状態の香鈴は、ただその端整な眉を寄せ、瞑目しては己のしたことの愚かさばかりを思い返しては心沈んでいた。


「……鴛洵様」


ぽつりと呼んだ名の主は、もう居ないのだということにまた胸ふさがる心地する


「…………」


しかし、今日はやけに室の前が騒がしい。話し声からして私と会いたいという人がいるらしい。聞いたことのあるようでない声に不審を浮かべる。と、唐突に室の扉があき、一人の男がひょこりと入ってきた


「初めまして囚われのお姫様、名もなき従者がお届けものです」


優雅に戯けた調子で跪礼した目の前の男に戸惑う。勿論、あったことはない


「あなたは誰なんですの」


「名もなき従者――じゃ怪しいですね。私は鴛洵の友、棚夏櫂兎と申します」


目の前の男はそうして綺麗に笑った。


「櫂兎…様……?」


かつて鴛洵様に言われたことがある。あれは宮仕えが決まった頃、その名をきいた。


(「困ったときに私がいなくば彼を頼りなさい、きっと力になってくれるから」)


この人が――櫂兎様


「届け物、とは……」


「とある狸の伝手で、これを貰ったんです。でも、これは貴女が持つことこそ相応しい」


そうして彼から差し出された物を受け取った香鈴の手が震えた

これ、は――…


「遺品、だそうです。彼の遺した物は無碍に出来ません」


そうして彼は優しく香鈴を撫でた


「貴女も。彼のどこまでも高潔な心根は知っているでしょう? 彼の遺した物、しっかり受け取ってあげて下さい」


香鈴の瞳から、ぽろりと一筋滴が零れた。



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空中三回転半宙返り土下座
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