緑風は刃のごとく 13
仕事開始を報せる鐘はまだ鳴ってはいないが、人もちらほらと出仕してきた。人物査定用の書類は既に文字で埋めており、日も昇ってきてそろそろだろうと目星をつけた櫂兎は皇毅の肩を揺らす。


「長官、お時間ですよ」

「……ん」


一つ返事で身を起こすという皇毅の寝覚めのよさに、櫂兎は本当に寝ていたのだろうかと少し疑いつつ、用意しておいた言葉を並べる。


「お茶を淹れておきました。確か濃いめがお好きでしたよね。着替えは勝手に触るのも何でしたのでご用意しておりません。お着替えになるなら、声をかけてください。出ていきますので」

「……ああ」


いつもより、返事に少し間があるあたり、寝ぼけているのか。その人間らしさに櫂兎は少しほっとした。


「出て行け」


早速かと苦笑しつつ、櫂兎は書き終えた書類を残して長官室を出て行った。








さて、櫂兎は、皇毅の眠っている間に、彼の今取り組んでいる仕事の概要をつかんでおいた。……執務机の書類を勝手に盗み見たのは仕方ないことだったと割り切るしかない。

第一、櫂兎を前にああして仮眠をとった時点で、放置していた書類たちは櫂兎にみられても構わないものだと判断していいだろう。


「…長官の書類管理も副官の仕事のうちだし」


そう自分にも納得させながら、櫂兎は書類たちの内容を思い出す。


(知らぬ間に、結構色々やってたんだなあ…)


書類に書かれていた案件や話は、少しは御史から噂に聞いたことのあるような大きなものも、御史台内では噂にすらのぼっていなかったものもあった。
もちろん、自分の知った件も、だ。


吏部の件は、櫂兎が一度清雅と対峙した後も水面下で進行中らしい。
読んでみては、唸る。なるほど、目をつけられるはずだ。この頃の自分は目立つことは避けたとはいえ、少々、徹底的に手を潰しすぎたらしい。
この件に関しては、絳攸と秀麗に早く気付いてもらうことを祈るばかりだ。

塩の件も、まだ決定的な情報は掴めていないようだが、動き始めてはいるらしい。全商連が動きをみせているのを警戒する風なことも書かれている。彼らと協力、とはいかないらしい。

そして気になる清雅や鈴将の件。そこには、清雅には紅秀麗の動向を監視する風な旨があったが、鈴将の欄は、内容何も書かれておらず、ただゆったりと柔らかな筆遣いで『兵部』とだけ書いてあった。
この文字はどうやら、長官以外の人間が書いたらしい。どこかでみたことがある字な気がするのだ、一体どこでみたのだったか。鈴将だろうか。そして、この文字の意味するところがさっぱりだ。


長官の補佐をする上で彼の意図を汲むこと、その上で先を読み手を打つことは大事だ。
書類は読めば大抵皇毅の意図が汲めたのだが、この鈴将の件に関してだけ、櫂兎はさっぱり理解できなかった。


息をはき、自分がこれからどうするか考えようと筆を手にとったところで、櫂兎は動きを止める。


「椅子、どうしようかな」


自分は副官ではないという意志表示のためにも、執務机に備え付けの椅子を頑なに使わないようにしていたが、もうその必要もなくなってしまった。しかし、未だに座るのには抵抗がある。第一、まだ副官は暫定であって査定結果によっては副官にならずに済むかもしれないのだから。


(ここまで書類用意されてちゃ、むしろ査定落ちる要素見つける方が難しいけどなー)


渇いた笑いをハハハとしていたところで、櫂兎に声がかかる。


「座らないのか」


どうやら着替えは済んだらしい皇毅が、副官室に来ていた。

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空中三回転半宙返り土下座
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