紅梅は夜に香る 05
櫂兎が副官の実権を握っているならいざ知らず、そんなものなど最初からないし、副官補佐は彼より品位も低い。男の先程の行動が、彼の望むような出世や取り立てに直接繋がることはない。
そう、直接には。


男が室から出てしばらくして、櫂兎は席を立ち、長官室の扉を叩く。


「入れ」

「失礼します」


皇毅は入ってきたのが櫂兎だと知ると、迷わず「誰だ」ときいた。もちろんこれは、櫂兎に対してお前は誰だと言っているわけではない。


「名前は知らないです」


皇毅に無言で睨まれ、反省しているのかしていないのかも分からない笑顔で、彼は謝った。そして、先程櫂兎のもとを訪れた男の特徴を言う。


「侍御史で、くすんだ橙色に近い茶色の短髪、黒い瞳の」

「彭民だ」

「おぼえておきます」


皇毅は鼻をならした。


「六人目、か」


そう、櫂兎が副官の噂の根源だと気付いたのは、男で六人目だった。
実のところ、櫂兎は、それに気付いた人間が櫂兎の元にそれを告げにきた場合には、報告するよう皇毅にいわれていた。櫂兎が長官室を、皇毅に呼ばれる以外で訪れることはないため、皇毅は櫂兎の入室と共に、今回気付いた人間が「誰だ」ときいていたのだ。


皇毅が副官の噂を基本放置していたのも、こうして報告させたのも、御史台内で使える人間を見極めるとかそういうのらしい。櫂兎からすれば、どれも己が利用されているようであまり気のいいものではないのだが。


「思惑通りで楽しいですか」

「いや、思ったより使えんやつらばかりだ。彭民も、もう少し早くくると思っていたのだが」

「言う機会は少し前から伺っていたようですが」


櫂兎が最近男をよくみかけていたのはそのせいだ。
後は特に言うこともないので、櫂兎は一礼し、長官室を出た。

櫂兎のいなくなった長官室で、皇毅は目を細める。思惑は成されたが、その予想は、外れてばかりだ。今頃両手では足りぬほどの人間が彼に報告されているはずだったというのに、今やっと片手をこえたところだ、なんて。
彭民が気付くこと遅かったのも、気付いた者が未だ六名しかいないのも、副官の存在を信じる者が多いのも、彼の力に他ならない。


「……副官に就けるのも、一手か」


もちろん、そんな手を打ちはしない。――今は、まだ。

5 / 63
空中三回転半宙返り土下座
Prev | Next
△Menu ▼bkm
[ 戻る ]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -