「……の割に肩もってんじゃねえか? そういうのがいけすかねーんだよ」
分かってんだろそんなもん、と顔を顰めた飛翔に、言っている対象は自分だけではないことを察した。複数名思い浮かんだ中でも、一番は間違いなく彼だ。
(……んまぁ、好きな女の子のために『王様』頑張っちゃったからなぁ)
そして現在進行形でも、王であろうと――
櫂兎は困ったような顔をした。秀麗の特別扱いは今まで真摯に官吏を全うしてきた者ほど受け入れ難いだろう。
「けれどそれが彼女を認めない理由にはなって欲しくないな。
……実際の彼女を全てとは言わないから、どうにかならない?」
ねだるように小さく首を傾げた櫂兎に飛翔は反射的に気持ち悪ぃと呟いていた。
「ひ、酷いや飛翔」
「馬鹿上司の先程の暴言は何よりも酷く万死に値すると思います……が、棚夏殿、前述の言葉はどうにもならないと思います」
玉の言葉にも肩を落とすが、まあその通り、自分がこうして頼み込むことでは意味が全くない。
「俺はどうにもしないから、彼女がどうかしたときは真摯かつ紳士に宜しく」
工部を出てきた櫂兎と出会った秀麗は、ぱぁと顔を明るくした後、櫂兎からする酒の香りの濃さに目をまるくした。
「表情コロコロ変えて、忙しいね秀麗ちゃん」
「櫂兎さんは中でどんなお話を…?」
「……秘密」
秀麗は首を傾げた。いくら考えても分からない、工部尚書の知り合い――だとすればどういった伝手で知り合ったのか全く思い至らない。代理?用事?使い走り?どれもしっくりこなかった。
「しかし秀麗ちゃん、ずっと工部の前にいるんだろう? お酒の香りよく大丈夫だね、きっと弱い人なら香りだけで酔ってるよ」
ああでも考えてみればそうか、納得、と呟いた櫂兎に秀麗は疑問符を頭上に並べた。
「邵可もよっぽどだけど、それより何よりばらひ…薔君お酒に強いわ強い、底なしだったからね」
「母様が…? そういえばそんな話を聞いたこともあるような…」
(というか、櫂兎さん母様とも知り合いだったのね……)
秀麗は彼のことをあまり知らないことに気付いた。気付いたからどうということもないのだが……
「秀麗ちゃん?」
「へぁっ?! あ、すみません!」
物思いに耽ってぼうっとしていたらしい。
「うーん、秀麗ちゃんお疲れなら今日は出直したら?もうすぐ日が暮れるし…」
櫂兎の提案に秀麗は首を振った。
「いえ、もうちょっと粘ってみます」
諦めるわけにはいかないし、逃すわけにもいかない。秀麗はただ待つことを決めた。
△Menu ▼
bkm