その場にいた皆が一斉に固まった瞬間だった。
皆の頭にあるのは、『二人はそんな関係だったのか?』だ。珠翠の母親がわりが櫂兎だったというトンデモな事情を知る邵可、霄太師、宋太傳だけがその言葉や態度の真意を正しく受け取り、誤解されるであろうことに邵可は頭抑え、爺二人は面白がった。
要するに、『大きくなったらお父さんと結婚するの』『おーそうかそうか』のようなやりとりだったのだ。しかし二人は並べば見た目年頃の男女、そんなこと周りの者が分かるはずなかった。
しばし静寂ののち、正しく言葉と状況が伝わってないんじゃないかということを何となく察した櫂兎が「冗談だよ」と一言、皆それに救われたような顔をするのだった。
(棚夏殿が相手だなんて…あの珠翠殿の様子だと勝ち目がなさすぎる)
邵可のみでなく櫂兎までもが障害になり得るのか、と楸瑛は痛い頭をおさえるのだった。
食事会もお開きとなり、休日返上で仕事の必要性残る楸瑛、絳攸、劉輝は片付けを任せ、執務室へと向かっていた。
(手伝う時間くらいあったのに…こちらには有無を言わせず全てやってしまうなんて、流石棚夏殿…)
楸瑛は何かに負けたような気がして肩を落とした
しばらく無言で歩いていた三人だが、ふと思い出したように劉輝が口を開いた。
「櫂兎は、いつもはああなのか?」
いつもは、と問われた絳攸は頭の上に疑問符を浮かべた。楸瑛はなるほどという風に顎に手をやる。
――棚夏殿は、主上の前では丁寧な物腰を崩さない。
それが今日は他の人相手に珍しく崩れていたから、それを指しているのだろう。
「大抵あんな感じですね」
「……余だけが、櫂兎のあんな面を、知らなかったという訳か」
崩れている、いや、あれが彼の普通、では何故主上の前では――
そこまで考えて、楸瑛は直感的に何かが違う、と思った。
「それって、主上しか知らない棚夏殿が、必ずあるということですよ」
きっと主上の前で『だけ』なのは、きっと何かが『特別』だからで――しかし、その特別は何か分からなかった。
ただ、一言思い出されたのは、春頃彼の呟いた『俺には陛下に秘密が多すぎる』、それだった。
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空中三回転半宙返り土下座
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