「そういや叔母さん、最後に一つ報告な」
背を向けた貘馬木は、静かに告げた。
「あいつは生きてる」
長い沈黙のあと、彼女は口開いた。
「……まあ死んどらんとは思うとったよ」
そう言って彼女は瞑目した。目を開いたときには、貘馬木はもう視界にいなかった。
「――なぁんて、元から見えちゃいないけどね」
そうしてかっか、と彼女は笑った。
貘馬木は更地にされた、元はといえば自分の邸の場所をしばらく無言で眺めた。
「あーあー、さっぱり綺麗になっちまったことで」
その光景を目にしたとして、なくなった実感はあれど、何の感慨も湧かない。我ながら素っ気ないというか味気ないというか何というか、だ。
この場所に思い入れなんて、最初からなかった。そういうことなんだろう。
「ここにしたのも面白さ一つだしなぁ」
ここを塞げば、朝廷から貴陽外までの、馬の通れる道での最短距離がなくなる、ただそれだけだ。
ちなみにまだ邸を建てる前にこの道を通って貴陽から、どこぞの誰かも失踪したらしい。今そいつは――いや、やめとこう。もう俺には関係ない話だ。
「これで王サマ逃げ放題ーってかァ」
くすりと貘馬木は笑い、そこに背を向けた。
「逃げるが勝ち、ってずるいよなぁ。そういうの好きだぜー、俺」
誰に言うでもなく空間に言葉を吐いてはニヤニヤと貘馬木は笑い、気が済んだのかくるりと身を翻した。向かうは元部下の邸へ、である。
「……うわー、もしかしてお前超料理上手なんじゃね?」
貘馬木がくる頃を狙ったかのように、出来たてほやほやで並べられた色とりどりの料理をみた彼は、そう言ってしげしげと櫂兎の顔をみた。
「妹に美味しいご飯を提供するのも兄のつとめですからね。料理はそれなりに得意です」
「俺の姉は可愛い可愛い弟である俺に何も作ってくれたことはないがな」
「……あー、貘馬木殿の姉君。そういやそんな設定ありましたねー」
いかにも「『そういうこと』にしておいてあげよう」といったような視線を櫂兎は貘馬木に向けた。
「いやだから設定とかじゃなくてだな。真実だっつうの、その生温かい視線やめろ」
貘馬木はぶんぶんと手を振って櫂兎の視線を払いのけようとする。櫂兎はそれをさも哀れむようにみた。
「貘馬木殿…誰にだって女装癖のひとつやふたつくらいありますから、取り繕う必要なんてないんですよ」
「いやひとつもふたつもねェよ!!」
あったら困る、というよりそんなもの要らないと貘馬木は思った。
(……それともなんだ、目の前のこいつにはあるのか?…女装癖が?)
「……似合いそうだなんて絶対思ってない」
「はい?」
「なんでもない」
貘馬木は己の考えに身震いし、深く考えることをやめた。自分の第六感が、関わると知りたくないことまで知ることを告げていた。
「それよりさめますからはやく食べましょう」
「お前それもっともっぽいこといってるけど、はやく俺に食わせて帰らせたいだけだろ」
「はい」
いい笑顔で即答した櫂兎に、貘馬木は溜息をついた。
「まー、んじゃ、いただきますっと」
そう言って手をあわせた貘馬木は、味噌汁の器へと手を延ばした。
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